2025年10月4日(土)
北朝鮮のウクライナ戦派兵から1年 プラス&マイナスの損得勘定
戦死者の前で首を垂れる金正恩総書記(労働新聞から)
北朝鮮がウクライナに侵攻したロシアを支援するため兵力を派遣してから10月でまる1年が経過する。
北朝鮮は当初、派兵を否定していたが、金正恩(キム・ジョンウン)総書記は今年5月に駐朝ロシア連邦大使館を訪れた際に初めて、「露朝包括的戦略的パートナーシップ」に基づき派兵した事実を認めた。
北朝鮮の報道によると、ウクライナが攻め込んだクルスク地域を解放するため金総書記が第1陣に派兵を命じた日は昨年10月22日。以後12月12日、12月22日と立て続けに第2陣、第3陣を送り込んだが、その総数はウクライナ軍当局と韓国情報機関「国情報」の情報では延べ1万2千人から1万5千人に達している。
世界中のどの国もロシアにもウクライナにも援軍を送るのを躊躇するのになぜ、唯一北朝鮮だけが出兵させたのか検証の余地があるが、北朝鮮なりにそろばん勘定を弾いているのであろう。そこで、勝手に損得勘定というか、損益を分析してみた。
■派兵による損失
一つは、国際社会の非難を浴びたことだ。
国連、国際社会の圧倒的多数がロシアのウクライナへの武力侵攻を非難し、ロシアを「戦犯国」、人道の罪を犯したプーチン大統領を「戦争犯罪人」と規定した侵略戦争に北朝鮮が加担したことで北朝鮮も事実上「戦犯国」、もしくは「共犯」の烙印を押されたことだ。ロシアに加担したツケの重さはウクライナ戦終戦後に北朝鮮に重くのしかかってくるであろう。
次に、「ポストプーチン」後にロシア国内から批判を浴びる可能性があることだ。
今はプーチン大統領を絶対的に支持し、全的に支援しているが、戦況が悪化し、国内が混乱すれば、プーチン大統領が失脚する可能性もゼロではない。ゴルバチョフ時代にソ連共産党政権が崩壊し、エリツィン大統領が率いるロシア新政権が誕生した際に露朝関係は最悪の関係に陥ったのはまだ記憶に新しい。歴史は繰り返されるではないが、金正恩政権もまたそうしたリスクを背負うかもしれないことだ。
最後に、派兵で多大な人名損失を被ったことだ。
北朝鮮は負傷者の数は発表していないが、戦死者については101人としている。
戦時国はどの国も例外なく戦果は誇張し、損失は過少するもので、北朝鮮の死者の数は俄かに信じ難い。さりとて、韓国「国情院」が発表した死者600人を含め死傷者4700人も一人一人数えたわけでもなく、どんぶり勘定で信憑性に欠ける。従って、単純計算して、足して2で割ると、死者は350人と見るのが妥当かもしれない。
北朝鮮は国家表彰授与式を行い、死傷者らに勲章を授けるだけでなく平壌の高層アパートに移住させ、遺児らには最高の革命学院に入学させるなど最大の恩恵を施すことにしているが、「20歳と19歳の二人の兵士は戦死した戦友の遺体を収拾する途中に敵に包囲されると二人で抱き合って手榴弾で自爆した」ことを知らされた北朝鮮の国民の傷をそう簡単には癒せないであろう。「祖国防御」という大義名分のない他国の戦に駆り出され、無残な死を遂げたことの後遺症は人民だけでなく軍人にもトラウマとなるであろう。
■派兵による「恩恵」
第一に、何よりも経済的メリットが大きいことだ。
韓国の国防研究院が発表したデーターによると、北朝鮮が派兵への見返りとして手にした経済効果は28兆7千億ウォン規模に上る。昨年の北朝鮮の国民総所得(名目GNI)は44兆4千億ウォンと推定されているのでその効果は一目瞭然である。仮に食料に換算すれば、2500万人の人民の33年分に相当する。その結果、昨年の経済成長率はプラス3.7%と、8年ぶりに高水準に達していた。
次に、ロシアとの関係強化により中朝関係が復元したことだ。
北朝鮮の中国離れと、来るべき米朝接近を意識した中国は数十か国の元首が出席した「抗日戦争勝利80周年記念式典」で金総書記をプーチン大統領に続いて厚遇した。
中朝関係はそれまでぎくしゃくしていた。一昨年8月に鴨緑江を渡る丹東―新義州間の大橋通行が再開され、北京―平壌間の航路も再稼働したものの中国人団体の観光はなく、北朝鮮も中国人との接触を規制していた。また、国連安保理制裁パネル委員会の活動延長でロシアは拒否権を行使したが、中国は危険に回り、北朝鮮は不快感を示していた。
しかし、北京で6年ぶりに行われた中朝首脳会談では金総書記は習近平主席に「中朝は運命を共にし、互いに助け合う立派な隣であり、立派な友であり、立派な同志であるとし、中国の党と政府は伝統的な中朝友好を高度に重視しており、中朝関係を立派に守り、立派に強固にし、立派に発展させる用意がある」と言わしめた。
最後に、経済及び国防5か年計画の完遂に寄与したことだ
ロシアとの経済、医療、科学、技術、軍事にわたるすべての交流,協力により北朝鮮は2021年の第8回労働大会で打ち出した「経済発展5か年計画」と「国防発展5か年計画=兵器システム開発5か年計画」を成功裏に終えることができる。
経済では5万世帯住宅建設を含め元山とカルマ海岸観光地区開発、三池淵郡建設、漁郎川水力発電所建設、平壌総合病院建設などが目標だったが、完成が5年も遅れていた平壌総合病院建設が今月にオープンすれば、北朝鮮は大型のプロジェクトをすべて完成することになる。
また、「兵器システム開発5か年計画」も5大戦略兵器開発計画の最後の課題である大型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星20」型と軍事偵察衛星の発射が残っているが、これも年内に発射されるものとみられている。
「自力更生」を人一倍強調してきたプライドの高い北朝鮮が「経済も軍事もロシアの協力のおかげ」と言われ続けることに果たして耐えられるのだろうか、興味深い。