2025年9月2日(火)

 ロシアに派兵された北朝鮮兵の虚と実 何が本当で何がフェイクだったのか!?

軍将軍らとの会議で対露派兵を指示する金正恩総書記(朝鮮中央テレビから)

 ウクライナ戦争を巡る北朝鮮の対露派兵では様々憶測や未確認情報が流れていたが、北朝鮮が武器の供給に続き、軍隊を派遣したこと以外は詳細はわからなかった。それもこれも当の北朝鮮が白を切り、派兵を認めなかったことによる。

 その北朝鮮は金正恩(キム・ジョンウン)総書記が今年5月9日のロシアの対独戦争勝利80周年の日に駐朝ロシア大使館を訪れ、演説した際に「私は兄弟国のロシアの主権と安全を乱暴に侵奪した敵対勢力の冒険的な軍事的妄動を我が国家に対する侵攻とみなし共和国武力戦闘区分隊にロシア武力と共にウクライナのネオナチ占領者を撃滅し、クルスク地域を解放するという命令を下した」と発言したことで以後、公然と開き直り、情報を次々と開示し始めた。

 翌6月には訪朝したロシアの文化代表団が平壌で公演した際の舞台背景スクリーンに北朝鮮兵士が戦場で戦っている写真と同時に金総書記が国旗に覆われた棺を前に頭を垂れる場面を映し出すことで戦死者が出ていることも認めた。北朝鮮は成果、戦果を誇示することはあってもその逆はない。まして「世界最強の軍隊」と自負している人民軍で戦死者が出ていることを認めることは恥でもある。実際に、1960年代にベトナム戦争で北ベトナムに派兵した時も1970年代の第4次中東戦争でエジプトに援軍を送った際も戦死者については当時、触れることはなかった。

 北朝鮮の軍事機密の開示はそれだけではない。北朝鮮は対露派兵を決定した日まで隠さず、明らかにした。

 先月30日に「朝鮮中央テレビ」が北朝鮮軍の戦闘映像を放映した「記憶せよ」のタイトルが付けられたミュージックビデオをみると、字幕には「2024年8月28日、朝鮮民主主義人民共和国国務委員長 朝鮮人民軍特殊作戦部隊をクルスク州解放作戦に参戦させることを決定」書かれてあった。

 字幕の下には金総書記が朴正天(パク・ジョンチョン)党軍事委員会副委員長と金正植(キム・ジョンシク)党軍需工業部第1副部長、それにクルスク派兵を指揮した軍総参謀部偵察総局長の李昌虎(リ・チャンホ)中将ら6人の軍幹部らと会議している写真があった。

 北朝鮮の公表通りならば、北朝鮮の派兵決定はウクライナ軍がロシア領に攻め入り、クルスク州を占領した2024年8月12日から約2週間後である。

 また、ミュージックビデオには金総書記がこの時に批准した「クルスク解放のための攻撃作戦計画を作成した状況と対策報告」と題する文献も併せて公開されていたが、そこには「ロシアの領土は我々の領土、ロシア連邦に対する米国と西側集団の主権侵害行為を我々の主権侵害とみなすであろう」として「将兵ら、無比の勇敢性と英雄的戦闘精神で立ち上がって、ウクライナ武力侵犯者らを掃討し、クルスクを解放せよ」との金総書記の勇ましいメッセージも添付されていた。

 さらに昨年10月22日と12月12日、22日と金総書記が3度、特殊作戦部隊に直接攻撃命令を出した文書も併せて公開されていた。

クルスク前線での北朝鮮派兵部隊の作戦会議(朝鮮中央テレビから)

 どちらにせよ、北朝鮮国連部代表の10月21日の「(派兵は)根拠のない噂」談話は真っ赤な嘘であることがわかる。

 その一方で、当時、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長との10月28日の電話会談で「北の軍の戦線投入が予想より早いスピードで行われる可能性がある」と伝えていたが、すでに6日前には北朝鮮の前線投入が始まっていたことを知らなかったことにもなる。何よりも問題なのは韓国国防部の国防情報本部が10月30日に国会情報委員会に対して北朝鮮軍の動向について「前線に投入されたとの正確な情報はまだない」と報告していたことだ。国防情報本部としてはお粗末だ。

 その逆に、ウクライナ戦線を支援するリトアニアの非政府組織(NGO)「ブルー・イエロー」のジョナス・オーマン代表が10月28日に現地メディアとのインタビューで「25日にすでにクルクス州でウクライナ部隊と北朝鮮兵が含まれたロシア部隊との間で初の交戦が行われ、1人を除いて北朝鮮人を含む全員が死亡した」との情報はほぼ正確だったことが立証された。

クルスク州の戦闘で負傷した同僚を担ぐ北朝鮮兵士(朝鮮中央テレビから)

 興味深いのは、金総書記が12月22日に批准した「対策文献」に「作戦進行過程で定期される問題」として「ロシア軍がまともに戦わないため北朝鮮軍が損害を被っている」とする文言があったことだ。

 ビデオのナレーションによると、前線の指揮官から「攻撃作戦執行過程でロシア軍部隊は攻撃成果を拡大できないばかりか、特殊作戦部隊の両脇と左右を保障できないため敵の集中的な攻勢により特殊作戦部隊の損失が増大し、攻撃速度を早めることができない」との問題点が指摘されていた。

 ナレーションによると、「(2024年)12月14日に露朝連合の総攻撃が始まり、(我が)第92旅団は18日までの5日間で30km、第93旅団は21日までの8日間で20km占領したが、左右から攻撃するロシア軍旅団は8日間攻撃成果を・・・」と報告されていたようだ。ロシア軍の進軍は僅かだったことを言いたかったようだ。

 ミュージックビデオ「記憶せよ」は8月22日に初めて朝鮮中央テレビを通じて流れたが、ドローンとボディカメラを活用した躍動的な交戦映像は主に北朝鮮兵士の勇敢さと犠牲的精神を宣伝していた。

 テレビでは若い顔の負傷兵が捕虜になる直前に降伏せずに自決したり、戦友の負担にならないために自ら命を絶つ事例を列挙し、「英雄的な犠牲の精神」と称賛していた。

 また、労働党員の31歳の兵士が「襲撃戦の時、敵の自爆ドローンを身を挺しで防ぎ、戦闘員15人を助け、壮絶死した」とされ、北朝鮮兵士が「人間の盾」として消耗されていたことも自ら明らかにしていた。

 ウクライナ紙「キエフ・インディペンデント」は今年1月15日付に北朝鮮軍攻略作戦に関与していた特殊部隊員のインタビューを掲載していたが、この特殊部隊員は「北朝鮮の兵士をもう少しで捕まえるところだったが、北朝鮮兵士は『党に栄光あれ』と『金正恩に栄光あれ』と書かれてある手榴弾で自殺した」として「ウクライナ軍が直面した最大の障害の一つは、平壌(北朝鮮)軍に植え付けられた狂信的で自殺的な熱意を克服することにある」と述べていた。

 また、米国「CNN」(1月28日)によると、ウクライナ特殊作戦部隊の司令官は「北朝鮮人は手榴弾を携帯している。つまり彼らは自爆できる。彼らは降伏の要求にもかかわらず戦い続けている。兵士の最後の叫び声は『金正恩将軍』への忠誠心を表している」と語っていた。

 実際にウクライナ軍に生け捕りされた北朝鮮兵士の一人は「自爆の指示をうけていたのか」と聞かれると「我が人民軍では捕虜は変節(祖国を裏切ること)と同じだ」と語っていた。また、もう一人の兵士も「手元に手榴弾やナイフがなかったので自決できなかった」と証言していた。

 なお、ビデオ映像にはロシアに派遣される北朝鮮兵士らがロシア機に搭乗するため真夜中に移動する姿が映し出されており、ナレーターは「戦場に出た時、愛する両親と妻の願いも盛大な送別式もなかった。参戦のニュースを知る人も多くなかった」と派兵が秘密裏に行われていたことも明かしていた。

(参考資料:クルスク戦場に投入された北朝鮮兵士は自爆精神で武装された捨て駒だった 北朝鮮国営テレビが初めて放映)