2025年9月25日(木)
「金正恩に長男はいない 娘が第1子」 米国のNGOも「ジュエ後継説」に傾く
父親の金正恩総書記と一緒に中国を訪問した「ジュエ」と称される娘(朝鮮中央テレビ)
韓国では与党「共に民主党」重鎮の朴智元(パク・チウォン)議員を含めて金正恩(キム・ジョンウン)総書記の後継者は「ジュエ」と呼ばれている娘ではなく、「第1子の男の子である」との説が根強いが、米国のNGO、北朝鮮人権委員会(HRNK)は「ジュエ」が「第1子である可能性がある」との見解を示していた。
「HRNK」は昨日、「最後の後継者?キム・ジュエと北朝鮮の権力継承」と題する報告書を発刊したが、「HRNK」の見解はトランプ政権下で閉鎖された「自由アジア放送(RFA)」の記者が過去4度訪朝歴のある元NBAスター選手、デニス・ロッドマン氏に今年4月に直接会って、インタビューした結果に基づいていた。
ロッドマン氏は2013年9月に訪朝した折に金総書記の別荘に招かれ、家族を紹介されたが、「息子や他の子供たちを見たか」との記者の質問に「周りには他の家族はいたが、男の子はいなかった」と回答したようだ。他の家族とは李雪主(リ・ソルジュ)夫人や妹の金与正(キム・ヨジョン)党副部長らを指している。
報告書はロッドマン氏について4度訪朝し、金総書記や側近らと会っているが、「息子に関して何一つ痕跡はなかった」と語っていたことから「金正恩には実際に男の子がいないのではとの疑問が定期されている」と指摘している。
金総書記が10代半ばにスイスのベルン国際学校に留学していた時の同級生、ジョエル・ミカエロ氏も金正恩政権発足の年の2012年7月と翌2013年4月に2度にわたって金総書記に招待され、訪朝していたが、ミカエロ氏もまた、かつて「RFA」のインタビューに「息子の話は全く聞かされなかった」と語っていた。
「男の子はいなかった」とのロッドマン氏とミカエル氏の証言は完全に一致しているが、そもそも「第1子男子説」は韓国の情報機関、国家情報院(国情院)が「金正恩が2009年に李雪主と結婚し、2010年に男の子が生まれた」と、2017年に発信した情報が拠り所になっている。
当時、「国情院」が明らかにした公式見解は金総書記には3人の子供がいて、第1子は2010年生まれの男子、第2子は2013年生まれの女子、そして2017年生まれの第3子は性別不明というものだった。
「国情院」は2022年11月18日に金総書記が娘を新型大陸間弾道ミサイル「火星17」の発射実験に立ち会わせ.お披露目した際も「第2子のキム・ジュエと判断している」と、国会情報委員会の与野党議員らに伝えていた。判断の基準として「10歳程度の女児にしては大きいので多少疑問も残るが、背が高くて、図体が大きいとの既存の我々の情報と一致していたからである」と説明していた。
「HRNK」の報告書は「『国情院』は金総書記と李夫人が2009年に結婚したとしているが、ある高位脱北者は『2009年当時、李雪主はまだ大学生だったので結婚の可能性は低い』と主張しているとし、「(歌手だった)李雪主が2011年頃から舞台から遠ざかった点を考慮すれば、結婚したのはその頃だと推測される」と分析し、さらに「北朝鮮の保守性からして婚前妊娠は許されないため2010年の息子出産説には疑問が提起される」と結論付けていた。
筆者は2023年5月26日にこの欄で「崩れた!?『金正恩の第1子は息子』説 第2子とされていた『ジュエ』が第1子ならば、後継者の可能性も」の見出しを掲げ、以下のような自説を載せていた。
銀河水管弦楽団専属歌手の頃の李雪主夫人(朝鮮中央テレビから)
「仮に第1子の男の子が2010年生まれならば、李夫人が21歳の時に出産したことになる。李夫人は1989年9月28日生まれなので、金総書記とは20歳になった2009年に結婚したことになる。金総書記は2010年9月に開催された朝鮮労働党代表者会で初めて後継者として登場しているので二人の結婚はその1年前ということになる。筆者が得た情報では、二人の出会いは金総書記が2009年1月に李夫人が専属歌手となっている人民保安部(警察)合唱団の公演を初めて鑑賞し、一目ぼれしたことによる。李夫人は4か月後の2009年5月には結成されたばかりの『銀河水管弦楽団』に移籍し、ここでも専属歌手として舞台に上がっていた。『銀河水管弦楽団』は国内外のコンクールで優秀な成績を収めた15人のメンバーが所属し、平均年齢は20代で、当時労働新聞には『前途有望な青春楽団で、21世紀朝鮮の音楽芸術を代表する権威ある芸術団体』と紹介されていた。李夫人は2011年1月の銀河管弦楽団の新春講演会で『兵士の足跡』という歌を披露していた。また翌2月には中国大使館職員ら平壌駐在の外交官らを招いて銀河水管弦楽団の音楽会が開かれたが、朝鮮中央テレビには『リ・ソルジュ』という名の女性歌手がステージの正面で歌う姿が映し出されていた。ちなみにこの時、李夫人は実に意味深な曲名『まだ言えないわ』を披露していた。即ち、第1子を出産したとされる2010年の時点では李夫人はまだ現役の歌手として舞台に立っていたことになる。後継者になったばかりの正恩氏の妻でもあり、将来跡目を継ぐかもしれない1歳の幼子の母親でありながら果たして歌手との両立が可能だろうかとの疑問が沸く」
李夫人が金総書記の妻としてお披露目されたのは2012年7月6日に行われた牡丹峰楽団の公演会場で金総書記の隣に座った時である。牡丹峰楽団が米国映画をバックスクリーンで流し、またディズニーのキャラクターそっくりの着ぐるみが登場するなど異色の公演を披露し、世界に衝撃を与えたことはまだ記憶に新しい。北朝鮮のメディアはこの公演から19日後の7月25日に陵羅人民遊園地竣工式に金総書記と腕を組んで現れた李雪主氏を初めて「夫人」と紹介していた。
金総書記に男の子供がおらず、第1子が「ジュエ」がならば、やはりこの娘が間違いなく後継者なのであろう。
(参考資料:娘の後継擁立をなぜ急ぐのか? 「ジュエ」を訪中に同行させた金総書記の狙い)