2025年9月3日(水)

 娘の後継擁立をなぜ急ぐのか? 「ジュエ」を訪中に同行させた金総書記の狙い

北京に到着した金正恩総書記の後ろに立つ娘の「ジュエ」(朝鮮中央通信)

 まさかと思ったが、金正恩(キム・ジョンウン)総書記は数十各国の首脳が集まる華やかな国際舞台の場に娘「ジュエ」を連れて来ていた。過去4回の訪中のうち3回連れ添った李雪主(リ・ソルジュ)夫人ではなかった。

 今回の中国の「抗日戦争勝利80周年記念行事」には夫婦同伴で来ている外国の首脳らは7〜8人いるが、ファーストレディーではなく、娘を連れて来たのは金総書記だけだった。

 北朝鮮の国営通信が北京に到着した際に配信した写真を見ると、娘は特別列車から降りた金総書記の真後ろに立っていた。北京駅には党序列5位の蔡奇弁・中国共産党政治局常務委員兼書記処書記と王毅外交部長それに殷勇北京市長らが出迎えていたが、金総書記は当然、娘を紹介したはずである。

 今回、式典に出席する首脳の中で最も注目されていたのが他ならぬ金総書記だった。北朝鮮のトップが外国の首脳や要人が集まる場所に現れるのは金日成(キム・イルソン)主席がエジプトのサダト大統領の国葬に参列した1981年以来であり、また金総書記にとっても2012年に政権の座に就いてから初めての事であるからだ。

 それだけに国際的な関心を集めていたが、娘を連れて来たことでなおさら脚光を浴びることになった。金総書記だけでなく、娘にも海外の視線が集まることであろうし、北京滞在中は敵国である米韓を含め多くの国々のメディアの「追跡」を受けることであろう。

 それにしても金総書記はなぜ、李夫人ではなく、まだ12歳の娘を同行させたのであろう。大いなる謎である。

今年3月20日の対空ミサイル発射試験に立ち会った金総書記の胸に青色のペースメーカーパットが(朝鮮中央通信)

 国内では2022年11月18日に初めてお披露目されてから娘はかれこれ3年近く、ミサイルの発射に立ち会い、軍事パレードにも出席し、核関連施設にも足を運び、地方の視察にも父親に同行するなど様々な行事に連れまわされている。

 今年からは外交の舞台にも引っ張り出され、5月9日には父親と共にロシア大使館を訪れ、7月11日には訪朝したロシアのラブロフ外相に紹介されている。

 後継者の噂が絶えない娘をあえて世界中が注目している国際舞台に登場させるのはやはり、自身の後継者であることを国際社会に知らしめることに狙いがあるとしか考えられない。

 北朝鮮の歴史を紐ほどけば、故金正日(キム・ジョンイル)前総書記も同じ道を辿っていた。

 金正日氏も初めて外遊したのはまだ未成年の15歳の時で、1957年に父親の金日成主席に連れられ、ソ連(現ロシア)革命40周年行事に出席していた。また、1959年にはソ連共産党第21回大会、そして1965年にはインドネシアのバンドン会議10周年行事にも現れていた。金正日氏が労働党中央委員会で正式に後継者に指名されたのは1972年なのでその前から後継者としての「帝王学」を受けていたこと、経験を積んでいたことがわかる。

 金正日氏の場合、後継者への路程もすべて極秘だった。金正日氏が大衆の面前に後継者として初めて姿を現したのは1980年の労働党第6回大会の場である。

 「ジュエ」の場合は、祖父と異なり、動静を隠すことなく、すべてがオープンにされている。

 今回、海外デビューを果たしたとなると、金総書記は来年1月に開催予定の労働党第9回党大会で後継者を暗示させるような地位に就かせるかもしれない。仮に「ジュエ」が通説の2012年生まれの第2子ではなく、2010年生まれの第1子ならば、15歳で、初めて外遊した祖父と同じ年に当たる。

 北朝鮮は前回(2021年)の第8回党大会で党規約を改正し、事実上のナンバー2の地位である「第1書記」のポストを新設したが、依然として空席のままである。あまりにも早すぎると思われるが、このポストに座らす可能性も決してゼロではない。

 それにしても、金正恩総書記はまだ41歳と若いのになぜかくも跡目を急ぐのだろうか?

 父親の金正日氏は2008年8月中旬に脳障害を起こし、倒れている。3男の金正恩氏が後継者に指名されたのは翌年の2009年である。そしてその2年後の2011年12月に父親は心臓発作を起こし、急死している。

 仮に、父親のケースがトラウマになっているならば、また、金総書記自身も健康不安を抱えているならば、事前に後継者を定めておきたいと思っても不思議ではないであろう。