2025年9月5日(金)

 「金正恩の娘」 写真の変化から見た「後継者への道」

金正恩総書記の娘(「労働新聞」と「朝鮮中央通信」から筆者キャプチャー)

 国威発揚となった中国の「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利80周年」式典が終わり、金総書記は習近平主席との首脳会談を終え、昨晩遅く北京を立ち、帰国の途についていた。

 世界中が注目した式典では予想されたように金正恩(キム・ジョンウン)総書記が話題をさらっていた。

 多くの外国の首脳が集まる場にデビューし、天安門では習主席を挟んでプーチン大統領と並び立ち、66年ぶりに中露朝首脳の揃い組を見せつけたわけだから脚光を浴びるのは当然かもしれない。それだけではない。「後継者」と目されている娘を同行させたことも話題を独り占めする要因となった。

 その娘だが、北京駅に到着した特別列車から父親に続いてホームに降りてきたところまでは確認されているが、それ以後の動静は何一つわかっていない。

 天安門でも式典後の「招待会」でもその姿はなかった。「招待会」には随行者の叔母の金与正(キム・ヨジョン)党副部長は出席していたことが確認されている。

 宿舎に留まっていない限り、父親とは別行動を取っていたことは明らかだ。習主席の夫人のおもてなしを受けていたのか、あるいは初の外遊ということもあって金総書記の秘書、玄松月(ヒョン・ソンウォル)党副部長を従えて、北京市内の見学やショッピングを楽しんでいたのかどちらかであろう。

 おそらく隠密行動していたと思われるが、顔も割れているし、ボディーガードだけでなく中国側の警備陣も加わっていれば、必然的に目立たざるを得ないであろう。中国に派遣されている韓国情報部員や特派員らの追尾を交わせたのだろうか、興味深い。

 娘については韓国のみならず西側のメディアも「後継者最有力候補」とか「後継者に確定」と伝えているが、年齢から名前まで何一つ正確なことはわかっていない。年齢の12〜13歳、そして名前の「ジュエ」も「〜みられる」と、あくまで推定である。

 デビューからの写真を4枚セットで載せてみたが、向かって左の白いダウンジャケットを着た写真は2022年11月18日に大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」が発射された際に立ち会った時の、初のお披露目写真である。

 巷間言われるように2012年生まれの第2子ならば、この時は10歳である。一般ではまだ小学4年生である。父親と手を繋ぎ、いかにも子供らしく、この時は母親の李雪主(リ・ソルジュ)夫人も付き添っていた。「労働新聞」など北朝鮮のメディアは「火星17」の発射場に「金総書記が愛するお子様と夫人と共に出向いた」と報道し、正真正銘の娘であることを伝えていた。

 その隣の半そで姿の写真は約1年後の2023年9月9日の建国75周年記念式典で撮られた写真でヘアースタイルが変わっていた。また、右手に腕時計をはめていた。北朝鮮のメディアは娘を8月23日の軍事偵察衛星成功祝賀宴に出席した時と同様に「尊敬するお嬢様」と呼称していた。ちなみにこの年の11月29日の航空節の式典では革のオーバーコートにサングラス姿で現れていた。

 3枚目の写真は昨年の10月10日の労働党創建79周年慶祝公演の時で娘は8月4日の新型戦術弾道ミサイル発射台の国境第1線部隊への引き渡し式典に出席して以来、約2か月ぶりに姿を現した。初の労働党創建関連行事出席だった。娘は黒いパンツスーツに白っぽいジャケットを羽織り、11歳らしからぬ身なりをしていた。ロシアのアレクサンドル・マツェゴラ大使も着席していた夜の宴会では金総書記の隣に座っていた。「愛するお嬢様が姿を現した」と報道されていたが、7か月前の3月15日の温室農場の竣工式では娘について「向導の偉大な方」という表現が初めて使われていた。北朝鮮の「朝鮮言葉大辞典」によると、「向導者」とは「革命闘争で人民大衆が進む前途を照らし、彼らを勝利の道に導く領導者」を意味する。

 最後の一番右の写真は今回の北京訪問時の写真である。首にはネックレスを、そして右手にはブランド品の時計と、成人に近い身なりで、どのように見ても12歳には見えなかった。

 韓国の情報機関「国家情報院」によると、これまで金総書記には3人の子供がいるとされていた。第1子が2010年生まれの男で、第2子が2012年生まれの女で、第3子が性別不明となっていた。

 「第1子息子説」の生誕した2010年に北朝鮮の外国大使館で男の子用のグッズを買い漁っていたというのが根拠になっているが、2012年7月と翌2013年4月に2度にわたって金総書記に招待され、訪朝した金総書記のスイス留学時の友人が「2012年に訪朝した時は李夫人を紹介され、その際、金総書記から夫人が妊娠していることを直接聞かされ、翌年に再訪朝した際は『妻が娘を産んだ』という話を聞かされたと語り、「息子の話は全く聞かされなかった」と米国のメディアのインタビュー(2023年5月23日)で語っていた。

 この友人の訪朝から5か月後の2013年9月に訪朝した米NBAのデニス・ロッドマン氏も「別荘で金総書記から娘を紹介され、また娘の話を聞かされても、息子の話は一切なかった」と語っていた。

 仮に李雪主夫人が男子を出産しておらず、2012年に産んだ娘が第1子ならば、後継者であっても何ら不思議ではない。またこの娘が2010年生まれの第1子ならばなおさらのことである。

 米国に亡命している金総書記の叔母・高容淑(コ・ヨンスク)氏とその夫の李剛(リ・グァン)氏の話では3男の金総書記が後継者に公式決定したのは2008年末だが、先代の金正日(キム・ジョンイル)前総書記が正恩氏を後継者に内定し、側近らに「私の後継者になる」と言い出したのは正恩氏が満8歳になった1992年1月8日からだとのことだ。

 なお、名前の「ジュエ」についてはロッドマン氏が金総書記の別荘に招かれた際に「ジュエ」と聞かされたことがベースになっているが、朝鮮語を理解できないロッドマン氏が聞き間違えた可能性もないとは言えない。

 仮に今回中国滞在中に金総書記が中国の指導者らに娘を紹介していたならば、また娘が自己紹介する機会があったとするならば、この娘の正式な名前も判明することであろう。

(参考資料:娘の後継擁立をなぜ急ぐのか? 「ジュエ」を訪中に同行させた金総書記の狙い)