2026年4月23日(木)

 40歳を境に「祖父の金日成」と距離を置く「孫の金正恩」

祖父と父と並んで飾られた金正恩総書記の肖像画(朝鮮中央通信から)

 北朝鮮は周知のように最高指導者は世襲である。建前上は「革命偉業を発展・継承させるには首領に最も忠実で、その思想を体得した人物が後継者に選ばれるべき」とする「後継論」に基づくとされるが、要するに、血の繋がった子供であれば過去の業績を否定される恐れがないからである。

 血縁関係のない部下が後継者となれば、スターリン元帥がフルシチョフ首相に批判され、毛沢東主席の「文化大革命」がケ小平に否定されたような事態を招きかねない。こうした隣国の教訓から、金日成(キム・イルソン)―金正日(キム・ジョンイル)―金正恩(キム・ジョンウン)と三代にわたる世襲が維持されてきた。

 ところが、2024年に40歳になった頃から三代目の金正恩総書記の動きには父親の時には全くあり得なかった変化が見られる。主な変化を列挙してみると、

 その1.北朝鮮では4月15日の金日成主席の生誕日を「太陽節」と呼び、「民族最大の慶事」として祝ってきたが、2024年以降、この呼称は使われなくなり、「4月名節」あるいは「4・15」と表記されるようになった。労働党機関紙「労働新聞」でも、題字下の「慶祝」欄に従来の「太陽節」に代えて「4・15」と記されている。金正恩総書記は2019年3月、宣伝部門宛ての文書で「首領(金日成)の革命活動や風貌を神秘化すれば真実を隠すことになる」と指摘したとされる。この影響か「太陽節」だけでなく、父・金正日の生誕日を指す「光明星節」という呼称も同年2月以降使われていない。

 その2.金正恩総書記は2012年の権力継承以降、金日成主席の生誕日に錦繍山太陽宮殿を参拝してきたが、2023年以降は連続して欠席している(2020年は病気で不参加)。参拝しても一人だけ「金日成・金正日肖像バッジ」を着用していない。加えて、北朝鮮では西暦と併用して「主体(チュチェ)」の年号を使用していたが、2024年以降は全く使われなくなった。「主体」は金日成主席の主体思想に由来し、金主席の生誕年の1912年を元年として1997年から使用されてきたが、2024年以降は使われなくなり、「労働新聞」でも西暦表記のみとなっている。

 その3.象徴面でも変化が見られる。かつて国民には「金日成肖像バッジ」の着用が義務付けられ、その後は「金日成・金正日肖像バッジ」が一般化していた。しかし2024年には「金正恩肖像バッジ」が登場し、2026年2月の労働党第9回大会では出席した党中央委員らがこれを着用していた。

 その4.政策面でも変化の兆しがある。金正恩総書記は労働党大会で農業問題に言及し、「農村建設で言葉遊びをしてきたことが停滞の原因だ」と述べ、間接的に金日成の「農村テーゼ」を批判したと受け取れる発言を行った。庶民がこの種の発言をすれば、「即刻強制収容所送りになる」(太容浩元駐英大使)ぐらいの問題発言である。

 その5.金主席の悲願であった統一問題でも金主席の業績を否定する動きが顕著である。周知のように南北関係を「敵対的な二国間関係」と位置付け、韓国を敵国と明記する方針を示した。これに伴い、金主席が手掛けた1972年の「南北共同声明」や1991年の「南北基本合意書」、1992年の「朝鮮半島非核化共同宣言」などを無効化し、統一事業の記念碑である「祖国統一3大憲章記念塔」の解体や韓国の現代グループの創始者、鄭周永(チョン・ジュヨン)名誉会長と交わした金剛山観光事業の破棄など、従来路線の見直しを進められている。

 こうした一連の動きは、祖父の威光を必要としなくなった金正恩総書記が「自らの時代」を明確に打ち出す意図の表れとみられる。すなわち、「金正恩時代」を強く印象づけるため、意図的に従来の象徴や慣行から距離を置いている可能性が考えられる。言わば、金総書記だからこそ何を言っても許され、誰からもお咎めされることはないようだ。