2026年4月29日(水)
「北韓(北朝鮮)」を「朝鮮」に 「北韓人」を「朝鮮人」への変更を検討
2018年南北首脳会談で金正恩総書記夫妻(左)と文在寅大統領夫妻(右)(朝鮮中央テレビから)
北朝鮮との関係改善を急ぐ李在明(イ・ジェミョン)政権下の韓国で、建国以来の呼称である「北韓(北朝鮮)」を「朝鮮」に改めようとする動きが表面化している。
事の発端は、北朝鮮を所管する統一部の鄭東泳(チョン・ドンヨン)長官が、年初の仕事始めの日に、李在明大統領の「北朝鮮の体制を尊重し、ドイツ式の吸収統一も行わず、敵対政策を一切取らない」との発言に言及した際、北朝鮮の正式国名である「朝鮮民主主義人民共和国」という名称を用いたことにある。
鄭長官は、北朝鮮が韓国を「南朝鮮」あるいは「傀儡」と呼ばず、正式国名である「大韓民国」もしくは略称の「韓国」をすでに使用していることを踏まえ、「北韓」を「朝鮮」に改め、南北関係についても「韓・朝関係」という表現を用いている。
さらに鄭長官は昨年12月19日、李大統領への2026年の業務計画報告において、「脱北者」に代えて「北郷民」という表現を使用し、今後これを推進していく方針を明らかにしたが、これは脱北者団体の反発を招いた。
16年前に脱北し、ソウル大学院で学んだ後、現代製鉄に就職し、2023年の国会議員選挙で「国民の力」の比例区に推挙された朴沖綣(パク・チュンクォン)議員をはじめ、「北韓民主化委員会」などの脱北者団体は、「『脱北者』という用語には、自由と人間らしい生活を求めて北朝鮮の独裁体制から脱出した人々であるという直接的な意味が含まれている」として、名称変更に断固反対の立場を取っている。
「脱北者」の呼称変更とは異なり、「北韓」の国号変更については、野党「国民の力」や保守層から「憲法違反」に当たる、あるいは北朝鮮の「統一放棄」や「二つの国家論」に同調することになるとの批判が出ている。というのも、1948年7月に制定された韓国憲法は、自国の領土を「韓半島とその附属島嶼」と定めているからである。即ち、韓国の領土は北朝鮮を含む朝鮮半島全体を指しているのである。
また、1948年12月12日の国連総会決議に基づき、韓国政府は「朝鮮半島内の唯一の合法政府」とされ、憲法が定める主権も半島全体に及ぶと解釈されている。北緯38度線以北の地域は、反国家団体(北朝鮮)が実効支配する未収復地域と規定されている。それゆえに俄かに信じ難いことだが、韓国政府は平安北道をはじめとする北朝鮮の5つの道(県)の知事を、朝鮮戦争の避難民や脱北者から任命し、給与も支給している。
「北韓か、朝鮮か」をめぐる議論は、今日(29日)も韓国政治学会主催の学術会議で取り上げられた。冒頭で発言した西江大学のキム・ソンギョン教授は、朝鮮半島における平和共存のため、北朝鮮の公式国号である「朝鮮」の使用を支持した。その理由について、「北朝鮮が韓国を一貫して『南朝鮮』と呼んできたことを韓国社会が受け入れてこなかったように、『朝鮮』を韓国側の都合で『北韓』と呼ぶことは、関係構築を目指す状況において有益ではない」と述べた。
また、北朝鮮が規定する「二つの国家関係」に同調するとの批判については、キム&チャン法律事務所のクォン・ウンミン弁護士が、「国際法上、正式な国号の使用は国家承認や外交関係の樹立と自動的に結び付くものではない」と説明した。
鄭長官を筆頭とする進歩勢力の間では「北朝鮮を『朝鮮民主主義人民共和国』という合法的な国家として認め、領土概念から切り離すべきであり、北朝鮮を敵と規定した国防・安全保障政策を廃止または修正し、国家保安法も廃止すべき」との主張も出ている。憲法改正を含め、こうした議論が今後本格化するとみられる。
日本でも「北朝鮮」という呼称が一般化しているが、かつては「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」と併記されることが多かった。しかし、拉致問題が日本国民の大きな関心事となった2002年以降、「朝日新聞」をはじめ各メディアは呼称を「北朝鮮」に統一している。国名が長いことに加え、拉致を行う国家を「民主主義人民共和国」と呼ぶことへの反発も背景にあった。
日本政府は北朝鮮を承認していないものの、外交慣例上、日朝交渉や日本主催のスポーツ大会などでは「朝鮮民主主義人民共和国」の名称を使用している。そのため、現在では日朝間で国名呼称をめぐる大きなトラブルはないが、過去には記者会見で記者が「北朝鮮」と発言したことを理由に、北朝鮮側が「そのような国は存在しない」として質問を拒否したり、退席したりする事例もあった。
韓国でも、一昨年2月に行われたサッカー女子パリ五輪アジア最終予選で、「なでしこジャパン」に敗れた北朝鮮代表のリ・ユイル監督が、記者会見で韓国メディアが用いた「北韓」という呼称に対し、「我々は朝鮮民主主義人民共和国のチームだ。国号を正確に言ってもらえなければ質問は受け付けない」と抗議する一幕があった。