2026年4月30日(木)

 知覧特攻平和館を彷彿させる北朝鮮の対露派兵記念館 戦死者は2千人超え!

対露派兵記念館と称される海外軍事作戦戦闘偉勲記念館(朝鮮中央通信)

 北朝鮮は2024年10月からロシアに特殊部隊を派遣し、昨年9月からは地雷撤去のため工兵部隊をクルスク州に派遣しているが、派兵数も死傷者数については正確な人数を公表せず、秘密扱いとしている。

 しかし、4月26日に竣工した3階建ての北朝鮮の海外軍事作戦戦闘偉勲記念館(対露派兵記念館)からある程度の数は読み取ることはできる。

 金正恩(キム・ジョンウン)労働党総書記のほか、ロシアから国家会議(下院)のヴャチェスラフ・ボロディン議長とアンドレイ・ベロウソフ国防相らが参席した記念館完工式典の映像をみると、記念館の外側には米国の「アーリントン国立墓地」のように墓石が整然と建てられていた。

 墓石に「英雄戦士」と刻まれていることからここに埋葬されているのは英雄称号を授与された上官クラスのようだ。数えてみると、左側に121、右側に124石建てられていた。

 記念館の内部には戦死者の遺骨安置室のほか、派兵兵士の主な活動を記録した戦闘資料や、兵士らが使用した軍旗、労働党入党請願書、党と国家への忠誠文、家族に残した手紙や遺言などが展示され、北朝鮮が配信した映像をみると、参観者らは涙し、目頭を熱くしていた。

 どこの国を参考にしたのか定かではないが、太平洋戦争末期の特攻隊を慰霊する知覧特攻平和館を彷彿せざるを得なかった。なぜならば、戦死者の多くが突撃隊で、自爆したからだ。

 ロッカー式の遺骨安置室は3部屋あり、金総書記がそれぞれの部屋に入り、献花していた。映像からは一部屋に遺骨の入ったロッカーが幾つあるのか計りようがないが、ある遺族が明けたロッカーに1506番という番号がふられていた。その中には「朝鮮人民軍軍人 パク・ナムチョル同志 2003年12月22日生 2024年12月30日戦士」と刻まれた骨箱と造花が入っていた。さらに記念館の前に設置された黒い大理石の壁面には縦に8人ずつ、横143列にわたり、計1144人の名前が刻まれていた。

 韓国の情報機関(国情院)は昨年9月国会情報委員会非公開の場で「戦死者が2000人と推定される」と報告していたが、韓国当局は今回、この記念館から約2280人と把握した。仮にロシアに派遣された兵士が約1万2千人だとすると、少なくとも6人に1人は戦士したことになる。

 北朝鮮は公式には昨年8月に行われた戦死者追悼式典で101枚の遺影を掲げ、また7昨年12月の地雷除去任務に従事した工兵戦闘部隊の帰国歓迎式典では9枚の遺影を掲げていただけだった。 その後増えたから追加したのか、それとも戦死者の数を偽っていたのかは不明だ。

 北朝鮮の対露支援は続いており、米国の北朝鮮専門メディア「NKニュース」が衛星企業プラネット・ラブズの衛星画像を分析した結果、今月21日にロ朝国境都市の羅先の港に停泊していたロシアの貨物船がロシア極東のボストーチヌイ港へ向け出港している。羅先港では今年1月、3月、4月にもそれぞれ1隻ずつが確認されており、「NKニュース」は「北朝鮮からロシアへの武器輸出が継続している兆候」と分析していた。韓国当局はロシアの船は2023年8月から今年1月までに羅先港を合計112回出入りし、約3万個のコンテナに入った砲弾800万〜1100万発を輸送したと推定している。

 今回 訪朝したロシアのベロウソフ国防相が仮に金総書記との会談でクルスク州の開放だけでなく、ロシアの軍事作戦の最終目標であるドンバス地方(ドネツク、ルハンスク両州)の制圧のためさらなる部隊の派遣を要請し、金総書記が応じた場合、北朝鮮の戦死者はさらに増え続けるであろう。

 金総書記は昨年4月26日に開催された党中央軍事委員会で「朝ロ両国の軍隊が肩を並べ、同じ塹壕で血を流して戦い収めたこの勝利によって、約9カ月に及ぶクルスク地域の占領が終息した」と述べ、目的達成を強調していた。