2026年8月2日(日)

 マレーシアで暗殺された「金正男の息子」も同じ「白頭の血統」だが、「金正恩の娘」のライバルにはなれない

金正男の長男、金漢卒氏([JPニュース」)

 北朝鮮の「4代目」は、「ジュエ」と呼ばれている娘でほぼ決まりとの見方が、韓国の情報機関である「国家情報院」を含め、広がりつつある。金正恩(キム・ジョンウン)総書記には、これまで3人の子供がいるとされ、第1子は男子との見方が定説だった。しかし、どうやら正恩氏には男子はおらず、「ジュエ」のほかもう1人も女子である可能性が高いというのが実情のようだ。

 「ジュエ」が後継者候補として注目される最大の理由は、建国の父である金日成(キム・イルソン)主席と同じDNA、すなわち「白頭山の血統」を受け継いでいる点にある。しかし、純粋に「白頭血統」という観点だけで見れば、該当する人物は他にも存在する。それも嫡流に位置する人物である。

 それが、金正日(キム・ジョンイル)総書記兼国防委員長の長男であり、金正恩総書記の異母兄にあたる故・金正男(キム・ジョンナム)氏の息子、金漢卒(キム・ハンソル)氏である。

 今年31歳となった金漢卒氏は、北朝鮮の3代世襲体制を築いた金日成一族の長孫にあたる。北朝鮮で「白頭血統」と呼ばれる家系図において、嫡流(正統な血筋)に位置する人物とされている。

 気が付けば、父親である金正男氏が、マレーシアの空港で北朝鮮から派遣された工作員らによって殺害されてから、9年以上が経過した。暗殺の理由については「米中央情報局(CIA)に抱き込まれれいた」「韓国への亡命を計画していた」「反体制勢力の指導者に担ぎ上げられようとしていた」など、さまざまな説が流れたが、真相はいまだ闇の中である。

 ただ一つ明らかなのは、血のつながった叔母である金慶喜(キム・ギョンヒ)氏と、その夫である張成沢(チャン・ソンテク)党行政部長(兼国防副委員長)が健在であれば、金正男氏が殺害されることはなかった可能性が高いという点だ。

 金正日氏は、死去する前に「あの子(正男氏)は悪い人間ではない。きちんと面倒を見てあげるように」と妹夫婦に託していたとされる。そのため、最大の後見人であった張成沢氏が2013年12月に処刑され、同時に叔母も政治的影響力を失ったことが、正男氏の悲運につながったとみられる。

 金漢卒氏は、父親が暗殺された数日後の2017年3月8日、動画に登場した。パスポートを掲げて身元を明らかにしたうえで、「父は数日前に殺害された。現在は母と妹と一緒にいる」と語り、その後、姿を消した。当時、この動画は世界中に拡散され、大きな注目を集めた。

 金漢卒氏は、北朝鮮内部の地下革命組織として知られる「千里馬民防衛」の支援を受け、暮らしていたマカオから海外へ亡命したと伝えられている。

 亡命先はオランダやフランスなどの国の名前が挙げられたが、金漢卒氏は現在、米国の保護下にあるとみられている。

 金漢卒氏の存在が世界的に報じられるようになったのは2011年、欧州・バルカン半島に位置するボスニア・ヘルツェゴビナのインターナショナルスクールに入学してからだった。翌2012年にはフィンランドの放送局による独占インタビューが世界的な注目を集めた。

 「私は1995年に北朝鮮の首都・平壌で生まれました。マカオへ行くまでの数年間は、そこで暮らしていました」

 このインタビューで金漢卒氏は身分を隠して生きなければならなかった幼少期や、外部から隔絶された生活について初めて語った。

 特に衝撃を与えたのは、異母叔父である金正恩総書記について、「私は叔父(金正恩)に会ったこともありませんし、叔父がどのようにして独裁者になったのかも知りません。まず、それは叔父と祖父(金正日)の間のことであり、私はお二人に会ったこともありません。私自身も知りたいと思っています」と語ったことだった。金正恩氏をためらうことなく「独裁者」と表現した点が大きな関心を集めた。

 金漢卒氏を「保護している」と主張していた「千里馬民防衛」は、2019年3月1日に「自由朝鮮」、さらに2024年には「新朝鮮」へと名称を変更した。「新朝鮮」は2024年5月5日、ウェブサイト上の声明で、「我々は地球上から『朝鮮民主主義人民共和国』という国号を永遠に消し去り、新たな国号『朝鮮』の建国を自信を持って準備している平壌の秘密自由民主政府である」と名乗っていた。

 実体があるのか、影響力がどの程度あるのか定かではないが、「新朝鮮」を筆頭に「反北朝鮮勢力」が金漢卒氏を利用する可能性はある。つまり、「白頭血統」である金漢卒氏を前面に押し出し、政治的正統性を得ようとする動きに出ることだ。

 「脱北団体」を含む海外の反北朝鮮団体が亡命政府構想を進め、仮に金漢卒氏を象徴的存在として担ぎ出そうとする動きを見せれば、また金正恩政権がそれを警戒するならば、金漢卒氏が再び標的となる危険性は十分にあるが、北朝鮮では金正男親子の存在は誰も知らないのが実状である。

 また、金漢卒氏が父の仇を討つことよりも、父と同じ運命を辿ることを恐れているのであれば、公然と表に姿を現すこともないであろう。