2026年8月30日(日)

 回転寿司のような国防相人事 金正恩政権下(14年間)で12人目

人民軍首脳人事が行われた労働党軍事委員会会議(朝鮮中央通通信)

 北朝鮮の労働党中央軍事委員会(第9期第2回)会議が8月29日に開かれ、国防省の政治・軍事活動に対する評価が行われた。今後の国防事業全般の改善と発展のための一連の組織・機構的な改編案が討議され、また人事異動が行われた。

 国防相の努光鉄(ノ・グァンチョル)大将が党中央委員会軍需工業部第1副部長に異動し、新国防相には政治将校の集団である軍総政治局の金成基(キム・ソンギ)局長が起用された。

 人民武力部(国防省)第1副部長(国防第一次官)から2018年に一度、人民武力相(国防相)を歴任したことのある努光鉄大将は2019年に解任され、その後、5年ぶりに2024年10月に国防相に復帰した経歴を持つ軍人である旧称が人民武力相の国防相は、金正恩政権(2012年〜)下で12人目となる。直近の5年間だけで4人が交代している。

 金成基総政治局長の後任は明らかにされなかったが、軍総政治局第1副局長には2月に軍事委員に任命されていた軍内部の監察や防諜を担当する軍保衛局の兪光宇(ユ・グァンウ)局長が抜擢された。また、兪光宇軍保衛局長の後任には空軍政治委員の厳朱浩(オム・シュホ)が登用された。

 今回の軍人事で何よりも目を引くのは今年2月に開かれた第9回党大会で党政治局委員、党書記、党中央軍事委員会副委員長の職を解かれていた国防省顧問の朴正天(パク・ジョンチョン)元帥が、党中央軍事委員会副委員長および党政治局員にカムバックしたことだ。

 韓国の北朝鮮専門家は一様に「高齢を理由に第一線から退いた」と分析していたが、約6か月後に再び軍部の中枢に復帰したことをみると、今回の人事は年齢とは無関係だったことが分かる。

 長老の復活は過去にも何度もある。例えば、李明秀(リ・ミョンス)次帥は2013年に党政治局員、党中央軍事委員、国防委員、人民保安相(社会安全相)のすべてのポストから解任されたが、2016年になんと82歳になって総参謀長として復活していた。

 筆者は8月5日付の有料記事「朝鮮人民軍首脳部序列40位」で人民軍のランク付けを行い、朴正天元帥を軍のトップに据えていた。図らずも今回の人事によって裏付けられたようだ。

 配信された写真を見ると、この日の会議に出席していたのは10人である。当然全員軍事委員である。

 金総書記を中心に、向かって右には朴正天副委員長、左には、2月に朴正天元帥に代わって副委員長、党書記に起用された鄭慶澤(チョン・ギョンテク)党軍政部長が着席していた。今後、鄭慶澤副委員長の地位に変動がなければ、軍事副委員長は2人体制ということになる。

 国防相を解任された努光哲大将は朴正天副委員長の隣に、鄭慶澤副委員長の隣には党軍需工業部部長の趙春龍(チョ・チュンリョン)大将が着席していた。さらに、努光哲大将の隣には軍総参謀長の李栄吉(リ・ヨンギル)元帥が、趙春龍大将の隣には軍総政治局長の金成基大将が着席していた。

 この他に党軍需工業部第1副部長の金正植(キム・ジョンシク)大将、軍総政治局第1副局長の兪光宇(ユ・グァンウ)中将、社会安全相の方頭燮(パン・ドゥソプ)次帥、前第7軍団長の崔春吉(チェ・チュンギル)中将が出席していた。

 朝鮮中央通信は「党中央軍事委員会は新しい職務に着手する主要指揮官が我が党の強兵建設思想でしっかり武装し、党の軍事路線と方針の貫徹において限りない献身性と非常に高い活動性で受け持った自分の役割を責任を持って果たすものとの期待と確信を表明した」と伝えていた。

 北朝鮮は7月10日、異例の党・政府・軍合同会議を開き、軍総政治局組織副局長だった朴熙哲(パク・ヒチョル)少将の汚職など、軍内部で不正・腐敗が発生している事実を公表し、強力な綱紀粛正を予告していた。そのため、今回の人事は軍紀の確立に向けたものとみられる。

 軍総政治局内ではナンバー2、人民軍全体の序列でも4位に位置する実力者だった朴熙哲少将について7月23日付の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は「私心は幹部を裏切りと破滅へ追いやる毒薬である」と主張し、軍幹部らに対して強い警告を発していた。「自分の腹心と追従者を重要職制に配置して党の唯一的軍指導体系の確立を阻害した」とし、朴少将だけでなく、これに追従した共犯者の存在にも言及していた。

(参考資料:朝鮮人民軍内で何が起きているのか? 党・政府・軍幹部を全員招集し、「異例の人民裁判」)

(参考資料:「ものを申せば首が飛ぶ」 金正恩政権下の軍幹部の悲哀)