2026年2月26日(木)

 「労働党大会の異変」 軍総参謀長が政治局員から局員候補に降格! 政治局常務委員から軍出身者が消えた

李永吉人民軍総参謀長(労働新聞から)

 先週(2月19日)5年ぶりに開幕した労働党大会が1週間の日程を終え、25日に閉幕した。最終日は夜に軍事パレードで祝っていた。金正恩政権が2012年に発足して以来、実に16回目の軍事パレードである。

 この日、金正恩(キム・ジョンウン)総書記は「人民軍は党に忠実な革命的武力である」として今後も「我々の時代の主役を引き続き信頼できるよう対処していかなければならない」と強調していた。

 軍事パレードの主人公は当然、朝鮮人民軍である。しかし、先軍時代と呼ばれていた金正日(キム・ジョンイル)時代と比べると、労働党内での軍の地位低下は著しいものがある。

 何よりも会社に例えると、取締役にあたる5人の党政治局常務委員に軍人出身者は誰一人選出されなかったことだ。党大会史上異例のことである。

 今大会でも政治局常務委員はオーナーでもある金正恩総書記を含め5人選出されているが、朴泰成総理を含め残り4人はいずれも党人である。

 先代をみると、初代の金日成(キム・イルソン)時代は野戦軍出身の呉振宇(オ・ジヌ)人民武力相(現国防相)が、二代目の金正日(キム・ジョンイル)体制下では元空軍司令官の趙明録(チョ・ミョンノク)軍総政治総局長や元平壌防御司令官の李英鎬(リ・ヨンホ)軍総参謀長が選出されていた。

 軍総参謀長から1976年に人民武力相に起用された呉振宇元帥は1980年から1995年に死去するまで政治局常務委員の座にあった。趙明録次帥はガン闘病中にもかかわらず2010年9月に政治局常務委員に選出され、2か月後に死去している。趙明録次帥と同時に選出された李英鎬次帥は2012年7月にすべての職を解かれるまで政治局常務委員のポストにあった。

 金正恩政権になっても第7回党大会(2016年5月)では軍総政治局長の黄炳誓(ファン・ビョンソ)次帥が、第8回大会(2021年1月)では元空軍司令官の李炳哲(リ・ビョンチョル)軍需担当書記が5人の中に含まれていた。李炳哲元帥は2023年11月に常務委員の地位と軍需担当の書記を解任され、党軍需政策担当総顧問に退いていたが、78歳という高齢のため今大会を機に引退したようだ。

 政治局常務委員に軍出身者がオミットされたこともさることながら今大会の人事での一番の異変は、軍総参謀長の李永吉(イ・ヨンギル)次帥が19人いる政治局員から外され、政治局員候補に降格したことだ。

 人民軍史上唯一、軍参謀総長を3度も務めたという記録を打ち立て、そのほかにも国防相、党軍政秘書、党中央軍事委員会副委員長、軍政指導部第1副部長、社会安全相など軍人として就くことのできる最高位の地位をほぼすべて経験した唯一の軍人である。

 御年71歳の李次帥は野戦軍出身の生粋の軍人でこれまで第3軍団長(2003年)、第5軍団長(2012年)を経て、2013年2月に軍総参謀部作戦局長に就任し、半年後の8月には大将に進級し、軍総参謀長に栄転していた。

 軍総参謀長になったことから2014年には党政治局員候補及び党軍事委委員に任命されたものの2016年2月にどういう訳か82歳の高齢の李明秀(リ・ミョンス)に総参謀長の座を奪われ、李栄吉は作戦総局長(兼第一副総参謀長)に逆戻り、階級も大将から中将に格下げされていた。原因は不明だが、当時、韓国では李大将が「軍内に派閥をつくり、分派活動をした」との理由で「銃殺された」と報道され、大騒ぎとなった。

 翌2017年4月15日に最高司令官の命令で階級が再び大将に戻り、2018年6月には軍最高司令部第一副司令官に異動した老将軍、李明秀次帥の後を受け、再び軍総参謀長にカムバックし、次帥に進級したが、なんと2019年9月に再び解任される羽目となった。

 それでも1年4か月後の2021年1月に開かれた第8回党大会ではワンランク上の政治局員に選出され、同年7月には国防第1次官に降格された金正官(キム・ジョングァン)の後任として国防相に起用されている。

 そして、2023年になると1月に党書記、党軍事委員会副委員長に選出され、8月には軍総参謀長に3度目の返り咲きを果たしたが、これまた不思議にも4か月後に開かれた党中央委員会第8期第9回全員会議で政治局員から局員候補に降格し、書記と軍事委員会副委員長の職も解任されてしまった。それでも翌2024年12月の第8期第9回全員会議で再び政治局員に選出されていた。それが今大会で再び政治局員候補に降格されたのである。

 軍総参謀長の地位は決して軽くはない。ところが、金正恩政権下では13年間で李英鎬玄永哲金格植李永吉李明秀李永吉朴正天(パク・ジョンチョン)→林光日(イム・グァンイル)→李泰燮(リ・テソプ)→朴寿日(パク・スイル)→李永吉と頻繁に変えている。最短で6か月、最長でも3年5か月である。このうち李英鎬と玄永哲は最高司令官の指示に従わないとの理由で粛清され、処刑されたと伝えられている。

 長く居座り、権限が強くなると、悪だくみする恐れがあると、金総書記は警戒しているのだろうか?