2026年1月11日(日)
北朝鮮の「無人機騒動」は韓国にとっては悪夢の「領海紛争」の前哨戦
無人機と金与正党副部長(朝鮮中央通信から筆者キャプチャー)
韓国は「韓国が無人機を侵入させた」とする北朝鮮の唐突の発表に大慌てである。
北朝鮮は朝鮮人民軍参謀部が9日に「韓国は無人機による主権侵害挑発を再び強行したことに対して代償を覚悟すべきである」との声明を出したのに続いて11日には金正恩総書記の代理人でもある妹の金与正(キム・ヨジョン)党副部長が韓国を非難する談話を出した。
尹錫悦(ユン・ソクヨル)前大統領が非常戒厳令発令のため2024年10月に北朝鮮の軍事挑発を誘導するため3度(3日、9日、10日)にわたって無人機を飛ばした時は金与正副部長は10月12日、13日、14日、15日、22日、28日と、計6回も登場し、尹政権を批判する談話を出していた。
金副部長は「韓国軍部は重大な主権侵害挑発の主犯、または共犯の責任から逃れがたいであろう」と題する最初の談話では今回同様に韓国当局が「まだ状況を把握していない」「軍が北韓に無人機を飛ばしたことはない」「民間団体が飛ばしたかどうかは確認しなければならない」との見解を発表したことに対して「今回の無人機挑発の主体、その行為者が誰であれ、それには全く関心がない。軍部ごろつきであれ、越境逃亡者のくずの団体であれ、いずれも鉄面皮な大韓民国の一味であるという事実を直視するだけである」と述べ、「神聖不可侵の我が国家の主権を乱暴に侵害し、安全に重大な危害を及ぼした代償はどんな方式によってでも必ずどっさりと払うことになるであろう」と韓国を批判していた。
また3回目の14日の談話では「核保有国の主権が、ヤンキーが手なずけた雑種の犬によって侵害されたなら、野良犬を飼った主人が責任を負うべきことである」として韓国軍の無人機侵入を規制しなかった米国の責任についても追及していた。
しかし、金副部長は1発目の談話で「我々の首都上空で大韓民国の無人機が再び発見されるその瞬間、凄惨な惨事は必ず起きるであろう」と警告していたにもかかわらず韓国が昨年9月と今年1月の無人機を侵入させていたにもかかわらず現実には「悲惨な惨事」は起きてはいない。侵入した場所が平壌でなかったせいかもしれないが、いずれにせよこの件で韓国が代償を払うことはなかった。
前例からして今回も大事には至らないだろう。それよりも注目すべきは北朝鮮が久しぶりに韓国に反応したことだ。金副部長が李在明(イ・ジェミョン)政権に反応したのは昨年8月以来である。
李大統領が新政権は「北朝鮮の体制を尊重し、いかなる形態の吸収統一も追求せず、一切の敵対行為を働く意志も持たない」とする対北融和政策を発表したことに対して「朝韓関係が決して逆戻りしないということを知らないはずがない。知らないとすれば白痴であろう」と述べ、「今回の機会にもう一度明白にするが、韓国は我が国家の外交相手になり得ない」と、最後通牒をしていた。
この間、李政権は漂流していた北朝鮮の木造船乗組員らを救助し、全員北朝鮮に引き渡すと呼びかけても、また北朝鮮への帰還を希望している長期政治犯を送還するための交渉を打診しても北朝鮮は応答しなかった。尹前政権が南北軍事合意を破棄したことを反省し、軍事的緊張を緩和するための軍事会談を昨年11月に呼びかけても梨のつぶてである。従って、今回、北朝鮮が談話を出したことは少なからずとも韓国を相手にしていることの表れでもある。
しかし、これは決して南北対話再開のシグナルではない。北朝鮮が南北統一を放棄しただけでなく、韓国を同じ民族、同胞とはみなさず、韓国との関係を断絶し、「二つの国家」を宣言した以上、以前のような南北関係は望めないであろう。
それにもかかわらず、今回、金副部長が反応し、談話の中で「韓国国防部が我々に挑発したり、刺激したりする意図がないという公式立場を明らかにしたことに対してそれだけでも賢明な選択であると評したい」と述べ、「韓国領域から我が共和国の南部国境を侵犯した無人機の実体に対する具体的な説明は必ずしなければならない」と釘を刺したのは近々予定されている労働党第9回大会後の「国境交渉」を睨んでのものと推測される。
金正恩総書記は2024年2月8日、朝鮮人民軍創建日を祝うため訪問した国防省での演説で初めて「国境」という言葉を口にしていた。「ジュエ」と称される娘も同席させたこの日の演説で「国境」という言葉を3度も使っていた。
その1か月前に開催された最高人民会議14期第10回会議での施政演説では「我が国家の南の国境線が明白に引かれた以上、不法無法の『北方限界線』をはじめとするいかなる境界線も許されず、大韓民国が我々の領土、領空、領海を0.001ミリでも侵犯するならば戦争挑発と見なす」と断じていた。
この金総書記の発言から4か月後に金鋼一(キム・ガンイル)国防次官が韓国軍の海上国境侵犯を取り上げ、「我々はすでに主権と安全を守るために必要な軍事的措置を取ることもできるということを警告した。海上主権が今のように引き続き侵害されることを絶対に袖手傍観せず、どの瞬間に水上であれ、水中であれ自衛力を行使することもできるということを正式に警告する」と韓国を牽制していた。
北朝鮮は1953年の停戦協定に則り陸上に引かれた軍事境界線を認めているが、海上は米韓によって一方的に引かれた北方限界線(NLL)は認めていない。
北朝鮮は党大会後に開かれる最高人民会議で採択される憲法に正式に国境線を定めるものと推測されるが、その場合NLLよりも南方に線引きされる可能性は高い。何よりも北朝鮮は近年、攻撃型潜水艦とイージス艦を2隻を手にしただけに強気だ。
金与正氏が無人機の侵入について「軍がやった、民間がやったということではなく、何よりも韓国発無人機が我が国家の領空を侵犯したという事実が問題なのである」ことを殊更強調していたことをみれば、北朝鮮にとってはこの「無人機騒動」は海上の「国境線騒動」の前哨戦と言っても過言ではない。