2026年1月5日(月)

 米国のベネズエラ侵攻による米朝首脳会談と拉致問題への影響

米朝が対立していた2017年時のトランプ大統領と金正恩総書記(トランプSNSと労働新聞から筆者キャプチャー)

 ベネズエラに侵攻し、マドゥロ大統領を放逐したトランプ大統領はどうやら北朝鮮に誤ったメッセージを伝えてしまったようだ。

 保守紙「文化日報」をはじめ多くの韓国のメディアは「北朝鮮はマドゥロ逮捕に衝撃を受けている」と伝えている。

 確かに国営通信「朝鮮中央通信」が異例の早さで米国の軍事作戦を批判する外務省報道官の談話を伝えたことからも北朝鮮が受けた衝撃をある程度、図り知ることができる。

 外務省報道官は「ベネズエラで強行された米国の覇権行為を最も重大な形態の主権侵害及び主権尊重と内政不干渉、領土保全を基本目的とする国連憲章と国際法に対する乱暴な違反である」として糾弾していた。

 こうした常套文句よりも注目すべきは「今まで国際社会が長い間数多く目撃してきた米国のならず者としての、野獣的な本性を今一度はっきり確認させるもう一つの実例である」と断じたことだ。

 トランプ大統領が昨年カムバックして以来、米国を「ならず者」と非難したのは2月にルビオ国務長官が米国のメディアとのインタビューで北朝鮮を「ならず者」と呼んだことに外務省代弁人が「世界で最も不良な国家は他国に言い掛かりをつける資格がない」との談話を発表して以来である。

 この時も外務省代弁人は「米国の対外政策を総括する人物の敵対的言行は過去も現在も変わりが全くない米国の対朝鮮敵視政策を今一度確認してくれた契機となった」として、北朝鮮はバイデン政権からトランプ政権になっても米国との対話、接触に一切応じなかった。

 この1年間、北朝鮮は「朝鮮中央通信」の論評、国防省代弁人の談話、外務省対外政策室長の談話、国防省政策室長の談話、金総書記の妹、金与正(キム・ヨジョン)党副部長の談話、さらには金総書記の演説で米国について言及していたが、米国の対北政策を批判はしても「ならず者」の酷評はなかった。

 後にも先にも「ならず者」の言葉は米朝対立がピークに達していた2017年9月21日に金総書記が党中央委員会庁舎で「大統領になってから世界のすべての国々を威嚇・恐喝し、世界をいつになく騒々しくさせているトランプは一国の武力を持つ最高統帥執権者としては不適格で、彼は明らかに政治家ではなく、火遊び好きな放火魔か、ならず者に間違いない」と、発言して以来であろう。

 当時、トランプ大統領が国連総会の場で北朝鮮を「不良国家」「犯罪者集団」「完全破壊」「堕落した政権」などの用語を使って激しく非難を浴びせたことに金総書記は激怒し、「米執権者の発言は私を驚かすことも、止めることもできない」と述べ、最後は「米国の老いぼれた狂人を必ず、火でしずめるだろう」と捨てセリフを吐いていたが、今回は米国が北朝鮮に対して振舞った狼藉でもないのに「米国のならず者としての、野獣的な本性を今一度はっきり確認させた」とまで言い切ったことは現状のままではトランプ大統領との首脳会談に応じる気がないことを示唆したものと解釈される。

 外務省報道官が「国際社会は地域および国際関係構図の強固さの保障に破壊的な結果を及ぼした今回のベネズエラ事態の深刻さを認め、米国の常習化した主権侵害行為に当然な抗議と糾弾の声を高めるべきである」と対米批判で共同歩調を取ることを呼びかけた手前、なにごともなかったように米朝首脳会談をやるわけにはいかないであろう、

 昨年末からトランプ大統領が4月に訪中すれば、習近平主席が仲介し、米朝首脳会談が開かれるとの観測が流れていた。また、現在訪中している李在明(イ・ジェミョン)大統領が習主席に南北対話の仲介を依頼すれば、中国の説得で北朝鮮が軟化し、南北対話にも米中対話にも応じるのではとの予測もあった。しかし、米国のベネズエラ侵攻で難しくなった。

 米朝首脳会談が遠のけば、連座して南北及び日朝、即ち拉致問題の解決も遠のくことになる。

 トランプ大統領はベネズエラと北朝鮮に対する扱いが違うことを知らしめるため今春予定されている米韓合同軍事演習の規模縮小もしくは中止などで北朝鮮を翻意させようとするかもしれないが、北朝鮮は国連の制裁解除や核保有の容認など米国が呑むことができない先行措置を取らない限り、対話には応じることはないであろう。そのことは、2017年4月のシリア空爆の教訓から窺い知ることができる。

 トランプ大統領がシリアのアサド政権(当時)が反政府派勢力を駆逐するため化学兵器を使用したことに憤慨し、2017年4月に地中海に待機していた艦船から巡行ミサイル60発を撃ち込み、シリアの空軍基地を破壊した際、北朝鮮外務省は「シリアの事態は我々に帝国主義者らへの幻想は絶対禁物である」との談話を出し、米国への警戒心を緩めなかった。第1次トランプ政権下で米朝首脳会談が実現したのはそれから1年2か月後の2018年6月だった。