2026年7月23日(木)
「ものを申せば首が飛ぶ」 金正恩政権下の軍幹部の悲哀
2020年7月27日の朝鮮戦争休戦日式典で金総書記に忠誠を誓った軍首脳部(労働新聞から)
今月10日、異例となる党・政府・軍合同会議で、朝鮮人民軍総政治局組織副局長だった朴熙哲(パク・ヒチョル)少将が汚職を摘発され、公開糾弾されたことが波紋を広げている。
朴熙哲少将は政治将校の集団である軍総政治局内ではナンバー2であり、人民軍全体の序列でも4位に位置する実力者である。
今日付の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は3面の約4分の1のスペースを割き、「私心は邪心を生み、邪心は変心を生む」と題する記事を掲載した。
記事では「私心は幹部を裏切りと破滅へ追いやる毒薬である」と主張し、軍幹部らに対して強い警告を発している。また、「自分の腹心と追従者を重要職制に配置して党の唯一的軍指導体系の確立を阻害した」とし、朴少将だけでなく追従した共犯者の存在にも言及していることから、朴一派による体制への「謀反」と位置付けている。
北朝鮮の最高裁判所は「特大型腐敗分子らの犯罪行為を峻烈に糾弾し、被訴者らに刑罰を宣告した」としているが、汚職の詳細については何一つ明らかにしていない。
どうやら問題視されているのは汚職だけではなさそうだ。総政治局組織副局長として過去4年間にわたり組織権・人事権を行使し、側近を主要ポストに配置して一種の派閥を形成したことが問われているようだ。したがって、「朴熙哲事件」は金総書記の唯一的軍指揮体制を損なう背信行為と位置付けられ、汚職との全面戦争と称して軍に対する監査・監視を強化する狙いがあると推測される。今朝の「労働新聞」は、軍への統制を一層強化する方針を宣言したに等しい。
事件の処理と並行して、今年3月に最高人民会議常任委員長に任命されていた金総書記の最側近、趙甬元(チョ・ヨンウォン)党書記が急遽、党組織指導部長に復帰し、指揮を執ることになった。
党組織指導部は、北朝鮮の党・政府・軍のすべての幹部に対する人事、監視、監察を担う中枢権力機関である。党幹部であれ軍幹部であれ、金総書記以外であれば誰でも粛清できるほどの強大な権限を有している。
軍幹部の解任で思い起こされるのは、金正恩政権発足直後の2012年7月15日に開かれた党中央委員会政治局会議である。当時、金総書記の後見人と目されていた軍トップの李英鎬(リ・ヨンホ)政治局常務委員兼軍総参謀長(次帥)が突如解任された。「後見人」が一転して「反党分子」「背信分子」のレッテルを貼られ、粛清されたのである。
当時、「先軍政治」の看板の下、軍は「そこ退け、そこ退け軍が通る」とばかりに「我が世」を謳歌していた。野戦軍出身の李英鎬次帥は、最高司令官の金総書記の許可を得ずに部隊を動かしたことが党組織指導部によって「反抗」とみなされたようだ。そのことは、直後に金正恩氏が金日成軍事総合大学で行った演説で「党と指導者に忠実でない者は、いくら軍事家らしい気質を持ち、作戦、戦術に巧みだとしても、我々には必要ない。歴史的教訓は、党と指導者に忠実でない軍人は革命の背信者へと転落するということを示している」と述べていたことからも明らかである。
それから3年後の2015年1月に電撃解任された辺仁善(ピョン・インソン)第一副総参謀長兼軍作戦局長も、同じように粛清された一人である。
米国の対北心理戦媒体である「自由アジア放送」は、2015年1月31日付の記事で、「金正恩が前年10月、対南交渉のため軍部に挑発を自制するよう指示したにもかかわらず軍部が従わず、西海事件を引き起こしたため、最高司令官の命令不服従の罪で軍将軍らが処刑された」と報じた。このほかにも「金正恩に逆らい、外国との軍事協力について異見を述べたことが問題視された」との説もある。
この年の4月には、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力相(国防相)が金総書記に対する不敬罪で処刑される事件が大きな話題を集めた。同年7月13日付の「労働新聞」2面に掲載された「野戦型の指揮官」と題する記事では「敬愛する最高司令官同志の命令には『わかりました』という答えしか知らない軍司令官だけが真の同志である」と強調し、金総書記の指示・命令には「わかりました」と無条件に従うよう促していた。
また、2021年末の労働党政治局拡大会議では当時の軍ナンバー1だった李炳哲(リ・ビョンチョル)政治局常務委員(次帥)と、軍ナンバー2の朴正天(パク・チョンチョン)総参謀長(元帥)が揃って「党の決定と国家的な最重大課題の遂行を怠った」と批判される出来事があった。李炳哲次帥は政治局常務委員から政治局員候補に格下げされ、朴正天総参謀長も軍の階級が元帥から次帥へ降格となった。
最近も、金明植(キム・ミョンシク)海軍司令官が新型駆逐艦「姜健(カンゴン)号」の進水式失敗の責任を問われ、解任されたばかりである。
なお、金正恩政権下(2012年〜)では、軍総参謀総長は李英鎬から現在の李永吉(リ・ヨンギル)まで11人目となり、直近4年間だけでも5回交代している。
仮に今回の事件を契機として金総書記の唯一的指導体制の再確立を図るのであれば、今後、軍や党幹部に対する見せしめ的な賞罰がさらに繰り返される可能性がある。
(参考資料:朝鮮人民軍内で何が起きているのか? 党・政府・軍幹部を全員招集し、「異例の人民裁判」)