2026年6月22日(月)
ウクライナがクルスクで生け捕りした北朝鮮兵捕虜を韓国に送還へ
生け捕りにされた北朝鮮兵士(ゼレンスキー大統領のテレグラムから筆者キャプチャー)
ウクライナ軍によって昨年1月9日にクルスク州で生け捕りにされ、ウクライナの捕虜収容所に隔離されている北朝鮮兵士2人の韓国送還が迫っている。
一人は1999年生まれで、2016年に入隊した狙撃手の兵士。もう一人は2005年生まれで、2021年に入隊したばかりの若い兵士である。
狙撃手は銃弾を受けて倒れていたところをウクライナ軍のパラシュート部隊に拘束され、若い兵士は負傷して壕に潜んでいたところを捕らえられた。
2人の処遇を巡り1年半近く沈黙を守っていた韓国政府は今日(22日)、本人らの意思を前提に韓国への移送を早期に実現したい意向を初めて公式に表明した。
これは、韓国外交部の高官が記者団との会見で、「可能な限り速やかに、本人たちの自由意思に従って韓国への移送を推進しようとしている」と述べたことで明らかになった。韓国政府高官が北朝鮮兵捕虜の韓国移送推進について明示的に言及したのは今回が初めてである。
同高官によると、韓国とウクライナの間ではすでに基本的な合意が成立しており、近く予定されているアンドリー・シビハ・ウクライナ外相の訪韓を機に具体化する見通しだという。
この件では韓国の国家人権委員会(人権委)が2人の安全保障と韓国への入国を促していた。
人権委は4月に第7回全員委員会を開き、金民錫(キム・ミンソク)首相と趙顕(チョ・ヒョン)外相に対し、捕虜が本人の意思に反して北朝鮮へ強制送還されないよう措置を講じるとともに、当事者の自由意思を尊重し、大韓民国などへの入国が可能となるよう、あらゆる外交的取り組みを積極的に進めることを申し入れていた。
昨年1月、ウクライナ当局が韓国情報機関(国情院)から派遣された韓国人通訳の協力を得て行った尋問では、2人は「帰れと言われれば帰るし、残れと言われれば残る」と答えていた。しかし、その後、時間の経過とともに韓国への移送を希望する意思を固めていったとされる。
また、ゼレンスキー大統領は当初、X(旧ツイッター)に韓国語で「ウクライナは、金正恩がロシアに抑留されているウクライナ人戦争捕虜との交換を手配できるならば、北朝鮮兵士を引き渡す用意がある」と投稿していた。しかし、北朝鮮がロシア派兵の事実さえ認めなかったうえ、一度も送還を求めなかったこと、さらに当の兵士2人が北朝鮮への帰還を望んでいないことが判明したため、韓国への送還を認める方針を固めたようだ。
その後、ウクライナ戦争捕虜処遇調整本部のボグダン・オフリメンコ事務局長によると、ロシアはウクライナに対し、北朝鮮兵士の引き渡しを繰り返し求めていたことが明らかになった。
年長の兵士は「私が捕虜にならず祖国に帰っていたならば、大変な待遇を受けただろう。しかし、捕虜交換で祖国に戻ったとしても、父母に会うことはできないだろう」と語り、若い兵士も「敵に捕まれば祖国に対する背信となる」と苦しそうに話していた。
派兵された兵士たちは、投降も捕虜となることも許されず、いざという場合には「自決、自爆せよ」という精神教育(命令)を受けていた。
彼らは投降しなかったものの、自害もしなかった。そのため生還者として扱われることもなく、戦死者として顕彰されることもない。
異国の地をさまよう運命を背負い、結局のところ帰るに帰れず、生まれ育った故郷ではなく「敵対する国」へ送還されることになる。
何とも儚い運命である。