2026年6月9日(火)

 北朝鮮は本当に疲弊しているのか?

平壌・和盛地区の高層マンション(朝鮮中央通信)

 先月下旬に訪朝したシンガポールのバラクリシュナン外相は、「平壌の発展ぶりに目を奪われた」と語った。市内には高層ビルが立ち並び、車の往来も増加。8年前とは様変わりした光景が広がっていたという。

 シンガポールは、北朝鮮が理想とする国家モデルの一つとされる。金正恩(キム・ジョンウン)総書記は2018年、トランプ米大統領(当時)との史上初の米朝首脳会談の開催地としてシンガポールを選び、その発展ぶりを目の当たりにした。「いつかシンガポールのように」との思いを抱いたとしても不思議ではない。

 同年、金総書記は会談開催への謝意を示す意味も込めてバラクリシュナン外相を平壌に招待した。しかし当時の平壌は、現在のような発展を遂げてはいなかった。北朝鮮は2018年までに国連安全保障理事会による延べ10回の制裁を受け、経済活動は大きく制約されていたからだ。

 そのため、米国をはじめとする国際社会が「制裁を続ければ北朝鮮はいずれ音を上げる」と考えたのは当然だった。日本もまた、拉致問題解決に向けた有効な手段は制裁しかないとみなしていたとしても不自然ではない。

 ところが、それから8年が経過した現在、北朝鮮は兵糧攻めによって白旗を掲げるどころか、むしろ体制を強固なものとしている。気が付けば、かつて米国とともに制裁を主導した国連安保理常任理事国のロシアや中国が、「制裁無用論」を唱えるだけでなく、制裁の発端となった北朝鮮の核保有を事実上容認するような動きさえ見せている。

 北朝鮮が土壇場で息を吹き返した最大の要因はロシアによるウクライナ侵攻がもたらした「ウクライナ特需」だろう。

 日本の戦後復興を支えたのは朝鮮戦争特需であり、韓国の「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長の背景にはベトナム戦争特需があったことは否定できない。特に韓国はベトナムへ約30万人の兵士を派遣し、約5千人の戦死者と約1万人の負傷者を出すなどの犠牲を払い、1965年から1969年まで年平均11.7%の高度経済成長を達成した。1人当たり国民総生産(GNP)も1964年の103ドルから1974年には541ドルへと5倍以上に増加した。

 米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)も今月8日付の記事で、北朝鮮の経済発展に言及し、その背景としてウクライナ特需に焦点を当てていた。

 北朝鮮は武器輸出や派兵の見返りとしてロシアから外貨やエネルギー供給を受けており、「ウクライナ特需」による収益は最大144億ドル(約2兆3000億円)に達するとの見方もある。「WSJ」は韓国銀行の推計として、2024年の北朝鮮の経済成長率が3.7%と過去8年間で最高水準を記録したことも紹介していた。ちなみに小泉純一郎首相が訪朝した2002年当時、北朝鮮が拉致問題を解決した暁には戦後賠償として約100億ドル(当時1兆円)の経済援助を行うと言われていたが、北朝鮮は実にその2倍強を手にしたことになる。

 ウクライナ戦争では一般兵士には1人当たり月額約2000ドルの給与が支払われ、戦死者には約3万ドルの補償金が支給されるとされる。ウクライナ戦争が長期化するほど世界で唯一参戦した北朝鮮の経済が潤う構図が生まれている。

 今後、仮に停戦が実現したとしても、今度は労働力を派遣し、戦禍で破壊された地域の復興事業が新たな需要を生む可能性がある。さらに終戦後に撤収したとしても、次なる「イラン特需」が待ち受けているかもしれない。

 2024年4月、イスラエルによる攻撃への報復としてイランがミサイル攻撃を行った際、米国務省のマシュー・ミラー報道官は「我々はイランと北朝鮮の核・ミサイル協力を信じ難いほど憂慮している」と述べた。また同日、米国防総省のパット・ライダー報道官も「北朝鮮とイランがもたらしている脅威を深刻に受け止めている」と発言していた。

 トランプ政権が北朝鮮の核保有を認めず、引き続き経済制裁や軍事的圧力を維持して敵対政策を続けるならば、北朝鮮は外貨や原油の見返りとして、ミサイルなどの兵器だけでなく、核関連技術や濃縮ウランを中東の唯一の同盟国、イランに提供する可能性も否定できない。

 一方で、米国が方針を転換し、北朝鮮の核保有を事実上容認したうえで経済制裁を解除すれば、北朝鮮は豊富な地下資源の輸出などを通じて経済基盤を強化できる。

 どちらに転んでも「経済が苦しくなれば北朝鮮は非核化に応じる」「制裁を続ければ拉致問題も解決に向かう」との期待は、現実を見る限り、ますます遠のいているように映る。