2026年3月3日(火)

 金正恩は本当にトランプ政権のマドゥロ拘束とハメネイ殺害に怯えているのか

米軍特殊部隊の上陸作戦訓練(出典:駐韓米軍特殊戦司令部)

 「マドゥロとハメネイの除去を目撃した金正恩…『斬首作戦』が怖くて対米対話を」(京郷新聞)、「イラン空襲の恐怖感で核をさらに握りしめる金正恩」(毎日経済)、「ハメネイ斬首に『国際法違反』を持ち出した北朝鮮 次のターゲットとなる恐怖感から」(東亜日報)――。これらの見出しに見られるように、韓国メディアは米国のイラン攻撃を受け、金正恩(キム・ジョンウン)総書記が恐怖におののいていると伝えている。

 今年1月3日にベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領が官邸で就寝中に米軍の奇襲攻撃を受け、拘束されて米国へ連行された際にも、「しばらく外出を控えるのではないか」、あるいは「居場所を特定されないよう寝床を頻繁に変えるのではないか」などと、韓国では面白おかしく取り沙汰されていた。

 しかし、大方の予想に反し、金総書記は1月3日から戦術誘導兵器生産工場、4日に極超音速ミサイル発射訓練場、5日に対露派兵戦闘偉勲記念館建設現場に姿を見せるなど、連日公の場に現れた。1月だけで29日の黄海南道・殷栗郡の視察を含め、延べ10回にわたり野外活動を行っている。

 また、米国によるイラン空爆の翌日(3月1日)には平壌郊外の祥原セメント連合企業所に部下を引き連れて訪れ、盛大な集会を開いていた。

 「米国など怖くない。やれるものならやってみろ」と虚勢を張っているのか、その胸中は計り知れない。だが、米中央情報局(CIA)やイスラエルの情報機関モサドに探知されることを恐れ、居場所を転々としていたとされるハメネイ師ほど警戒しているようには見えない。

 トランプ第1次政権が2018年4月にシリアを空爆した際、北朝鮮は外務省談話を発表し、「米国は核を持たない国だけを選んで攻撃している」として、シリア空爆の成果を自賛するトランプ大統領を皮肉ったことがある。これは「核とその運搬手段である大陸間弾道ミサイル(ICBM)を保有している限り、攻撃される心配はない」との自信の表れでもあった。

 実際に当時、トランプ大統領が国連演説で金総書記を「ロケットマン」と呼び、「米国と同盟国を防衛すべき状況になれば、選択の余地はなく北朝鮮を完全に破壊する」と発言したのに対し、金総書記は「我が共和国の絶滅を騒ぎ立てた米国の統帥権者の暴言には必ず代価を払わせる。米国の老いぼれた狂人を必ず火で鎮める」と応酬していた。

 それ以来、北朝鮮は一貫して「米国が望むいかなる戦争にも応じる用意がある。全面戦争には全面戦争で、核戦争には核戦争で応える」との強硬姿勢を崩していない。人民軍総参謀部が米国に向けて「かかってこい」と発言したこともある。世界最大の軍事大国である米国に対し、ここまで公然と挑発する国は珍しい。

 この時からすでに8年以上が経過した。この間、北朝鮮はウラン開発を進め、核弾頭を30〜50発規模に増やし、小型化(戦術核)にも成功したとされる。また、核弾頭を搭載可能なICBMも、2017年の「火星15型」から、2022年の「火星17型」、2023年の固体燃料使用の「火星18型」、2024年に最終完成版と称する「火星19型」、さらに2025年には多弾頭型とみられる「火星20型」に至るまで開発を進めてきた。いずれも米本土を射程に収めるICBMである。

 金総書記が強気の姿勢を見せる理由も理解できなくはないが、過信は禁物である。これらの核ミサイルも、いざ有事の際に使用できなければ所詮は「無用のモノ」となる。

 トランプ第1次政権時、米軍の特殊作戦を統括していたレイモンド・トーマス米特殊作戦軍司令官(当時)は、米下院軍事委員会で「北朝鮮の核・ミサイル基地や化学兵器貯蔵施設など大量破壊兵器施設への打撃準備はできている」と証言していることからも明らかなように米国は、寧辺の核施設や平壌・山陰洞の兵器研究所から新浦の潜水艦弾道ミサイル(SLBM)基地などの標的リストを作成してきた。

 実際、敵のレーダー位置を特定し、北朝鮮が発射ボタンを押す前に電波を攪乱する電子戦機EA18Gで防空レーダーを無力化し、その後ステルス戦闘機やF15C、F16などで約20か所のミサイル発射基地や移動式発射台を同時に攻撃する訓練も行われてきた。「ソウルに重大な脅威を与えない軍事オプション」も当時のマティス国防長官は検討していた。

 さらに、北朝鮮の大量破壊兵器(WMD)の無力化と並行し、「最も危険なのは核を支配している人物であり、重要なのはその能力と使用意図を分離することだ」とのポンペオCIA長官(後の国務長官)の方針の下、特殊部隊がヘリコプターや輸送機、潜水艦などで平壌に侵入し、首脳部を排除する想定訓練も重ねてきた。

 平昌五輪開催中も米軍が作戦準備を継続していたことは広く知られている。トランプ大統領が最終判断を下せば、先制攻撃は可能な状態にあったとみられる。

 ニューヨーク・タイムズは昨年9月、「2019年に米軍特殊部隊が金総書記の通信を傍受する装置を設置するため北朝鮮に浸透した」と報じた。2018年6月に史上初の米朝首脳会談が開かれ、融和ムードが漂っていた時期にも金総書記の動向を追跡する作戦が進められていたことを示唆している。

 当時、マクマスター大統領補佐官はCBSのインタビューで「核を持つ北朝鮮との共存は耐え難い」と語っていた。この立場に変化がないとすれば、北朝鮮は核を放棄しない限り、「米国から攻撃されかねない」という不安はつきまとうであろう。まして、韓国からドローンを労働党本部の上空に再々侵入されても即座に正確に把握できず、米韓合同演習中に米国のF35ステルス戦闘機が平壌上空を自由に旋回しても探知できない有様では不安を拭えないであろう。

 金総書記も心の片隅で「トランプは油断がならない」と思っているはずだ。