2026年3月4日(水)
米国はなぜ北朝鮮を攻撃できないのか?
板門店で再会したトランプ大統領と金正恩総書記(労働新聞)
トランプ政権がイランを攻撃し、最高指導者ハメネイ氏を殺害しことに韓国の保守派や脱北者の間では「次は北朝鮮」の待望論が沸き起こっている。
2022年当時の大統領候補の一人だった最大保守野党・国民の力所属の安哲秀(アン・チョルス)議員は、自身のSNSを通じて「グリーンランド併合の試み、ベネズエラのマドゥロ大統領の拘束、メキシコの麻薬王エル・メンチョの殺害に続き、米国はイランを電撃空爆し、イラン最高指導者ハメネイを排除した。このように米国は軍事力を動員する国際政治を展開しており、対北朝鮮政策もこの流れから自由ではない」と述べた。
安議員は「イラン問題が解決すれば、次は北朝鮮だ」とし、「(トランプ米大統領が)口先だけの非核化ではなく、金正恩(キム・ジョンウン)指導部を物理的に交代させる可能性もあり得る」との期待を表明し、「金正恩斬首作戦の先鋒として、北朝鮮指導部を迅速に除去する大韓民国の最精鋭部隊であり、非常時には最も危険な場所で最も困難な任務を遂行する中核戦力である707特殊任務団の地位を改めて確立する必要がある」と主張した。
しかし、米国内では米国とイスラエルが対イラン軍事作戦の初期段階でハメネイ師を標的とした、いわゆる「斬首作戦」を成功裏に遂行したのとは異なり、同様の作戦を北朝鮮に適用するのは現実的に難しいとのが大方の見方のようだ。
例えば、ワシントンにあるシンクタンク「韓米経済研究所(KEI)」のエレン・キム学術部長は3日(現地時間)、「米国の新たな国防戦略とインド太平洋への意味」をテーマに開かれたセミナーで「イランと北朝鮮はかなり異なる環境に置かれている」と述べていた。
キム部長はマドゥロ大統領の拘束やイラン指導部を巡る出来事に言及し、「多くの人は金正恩氏が脅威を感じるだろうと考えているようだが、状況は単純ではない」と語り、「北朝鮮は核兵器を保有しているため、軍事的選択肢を取ることは遥かに危険だ」と述べた。同時に「中国とロシアの支援も重要な変数である」と付け加えていた。
キム部長の指摘通り、現実に米国が北朝鮮を攻撃するのは容易ではない。実際、クリントン政権からトランプ第1次政権まで、米国の歴代政権は北朝鮮攻撃を検討してきたが、あまりにもリスクが大きすぎ、取りやめた経緯がある。
クリントン政権当時は北朝鮮の核開発はまだ初期段階であり、核爆弾の原料であるプルトニウムの抽出も核実験も実施していなかった。
そうした状況下にあったことからクリントン大統領(当時)は1994年、軍事攻撃を検討し、ペンタゴンから北朝鮮と戦争になった場合の戦争シミュレーションのブリーフィングを受けたが、シュリガシュビリ統合参謀本部議長(当時)は「戦争が勃発すれば、開戦90日間で▲5万2千人の米軍が被害を受ける▲韓国軍は49万人の死者を出す▲戦争費用は610億ドルを超え、最終的には1千億ドルを超える」と大統領に報告した。
当時、在日米軍は3万3千4百人、在韓米軍は2万8千5百人で、合計約6万2千人。わずか3カ月で約8割強がダメージを受けるとの驚くべき報告だった。ラック司令官もまた「南北間の隣接性と大都市戦争の特殊性から、米国人8万〜10万人を含む100万人の死者が出る」と報告していた。
トランプ政権下でも同じだった。スカパロッティ前駐韓米軍司令官は2016年2月、米下院聴聞会で「朝鮮半島での北朝鮮との衝突は第2次世界大戦規模に匹敵することになるかもしれない」と証言し、その理由について「(双方の)軍事力と武器のレベルなどを考慮すれば、非常に複雑な形態で展開され、多くの死傷者が出る」と語っていた。ちなみに、第2次大戦での米軍の死者は約40万5千人、朝鮮戦争での米軍の戦死者は約3万6千人であった。
ジョゼフ・ダンフォード統合参謀本部議長(海兵隊大将)も米上院軍事委員会が開催した聴聞会で「好戦的な北朝鮮指導部と世界第4位規模の在来式軍事力、さらには年々強化されている核・ミサイル能力は同盟国への脅威となっているばかりか、米本土への脅威も増している」と述べ、北朝鮮の能力を決して過小評価しなかった。
同じく証言に立ったマーク・ミレー陸軍参謀総長は「我が軍は満足できる水準で戦争を遂行できる状態にはない。相当数の犠牲者、死傷者が出る」と証言していた。
スカパロッティ駐韓米軍司令官は、現職当時の2016年2月26日の議会証言で金正恩総書記について「自身の政権が挑戦を受けると考えれば、大量破壊兵器を使うだろう」と言明し、最悪の場合、即ち北朝鮮が敗戦寸前に陥った場合には「北朝鮮が大量破壊兵器を使用する可能性もある」と示唆していた。
当時トランプ政権の対北軍事オプションに反対していたペリー元国防長官は2017年7月20日にテレビ出演し、「全面戦争になれば北朝鮮は敗北する。米韓の軍事力がはるかに強いからだ。しかし、その場合、北朝鮮が核兵器を使用する恐れがある。これが最も危険だ。我々の失策で核戦争になれば、大きな災難となる」と語っていた。
米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」が2017年に発表した報告書「東京とソウルに対する仮想核攻撃―人命被害」によると、北朝鮮が東京とソウルに核兵器を投下した場合、東京での死者は約180万人、ソウルでの死者は約200万人に上る。両都市の負傷者の合計は約1360万人と推定された。ちなみに、1950年代に勃発した3年間にわたる朝鮮戦争の被害は、死亡約37万5千人、負傷者約22万9千人、行方不明者約38万7千人だった。
周辺国の同意を必要としないイランと違って日韓の同意がなければトランプ大統領であっても北朝鮮攻撃に踏み込むことはできないのが実状である。