元朝鮮人民軍偵察局の金国石大尉への二度目のインタビュー 2004年5月27日


 小泉総理の再訪朝で日本人拉致問題の焦点は曽我ひとみさんと家族の再会場所、そして残り10人の安否不明者の問題に移った。金正日総書記は小泉総理に白紙の状態に戻し、再度調査をすることを約束した。北朝鮮が前回「死亡」「不明」と発表した10人に関してどのような回答を寄せるのか、「生存発表」の可能性はあるのか、韓国に亡命中の北朝鮮情報機関に精通している元朝鮮人民軍偵察局の金国石大尉に聞いてみた。

 −−小泉総理の2度目の訪朝(04年5月22日)をどう評価しているのか?

 政治的な計算を排除して、日本国総理が国民の関心や苦悩のため、平壌を訪れ、拉致問題で一定の成果を挙げたことを評価する。まずは始まりの一歩で良かった。最後まで解決するとの意志も大事だと思う。一回目の経験からしても冷静に対応すれば、拉致問題は解決できる問題だと思う。確かに一気に解決できればいいのだが、一気に全部解決することはできない。

 −一気に解決できない理由は? 

 朝日間は日本人拉致問題だけではない。一世紀前に起きた日本の植民地問題もある。北朝鮮はその面で不満を持っている。北朝鮮は日本側の要求を10分の1解決すれば、ボ−ルを日本側に投げてくるはずだ。必ず、過去の補償、賠償問題を持ち出すはずだ。だから、日本政府も知恵を働かせて解決する必要性がある。それには対話が必要だ。対話しなければ何事も解決できない。

 −−北朝鮮は拉致問題を全面解決する用意はあるとみているのか?

 金正日委員長は最高指導者で、即効的にすべてを解決できる立場にあるが、この拉致問題は国家安保、国益がかかった問題でもある。特に、軽視できないのは拉致問題の対応への軍部の不満だ。北朝鮮軍部は2002年9月17日の首脳会談以降の日本国内での反北朝鮮世論の高まりや日本国民の北朝鮮を見る視覚が大変、極限的な状況になってしまったことを問題視している。彼らは、北朝鮮が大変な失敗をしたと思っている。

 −−大変な失敗とは?

 日本からの反発が予想外に強かったことだ。拉致を認めたため対外的にも窮地に陥ってしまった。特に朝鮮総連はダメ−ジを受けた。実利を手にできるどろこか、すべてがめちゃくちゃになってしまったと、軍部は不快に思っている。

 −−それで、軍部は反発しているのか?

 軍部は金正日委員長をあからさまに批判することはできない。金委員長個人に対する批判は絶対ありえない話だ。但し、金委員長が日本の首相に対面して、拉致問題や工作を認め、遺憾を表明したことに羞恥心を感じている。軍人ならば当然だと思う。軍部は、金委員長を直接批判できないから、首脳会談を主導した実務者らを公然と批判している。

 −−どう批判しているのか?

 事前の調査が不十分であったことを問題にしている。また、金委員長が日本の首相の前で謝罪しなければならなかったこともそうだ。別なやり方があったと非難している。例えば、金委員長が謝らず、下級官吏らに対応させればよかったと。結局、金委員長に恥をかかせたと怒っている。まあ、それもこれも金委員長に対する程度を超えた忠誠心によるものだが...。

 −−程度を超えた忠誠心とは?

 金委員長は北朝鮮では神格化された象徴のような存在である。自分らが神のように崇拝している金委員長に敵国である日本の首相に謝罪をさせてしまったということだ。軍部の忠誠者らにとってはそれを目にすること自体が辛いわけだ。また、謝罪によって北朝鮮が得たものが何一つなかったことも彼らにとっては大変不満だったようだ。

 −−ということは2回目の首脳会談は北朝鮮側も用意周到に臨んだということか?

 2度目の会談でも日本側から拉致問題が提起されることを予想し、事前に調査をしたはずだ。ただし、日本の総理の前でまた、生存者がいると口に出すのは、1回目の経験から適切ではないと判断したのではないかと思う。          

 −−−なぜ、北朝鮮は5人だけを帰国させたのか?

 日本の総理の政治的立場を勘案して日本政府が強力に求めている5人の家族を返すだけで十分だと計算したはずだ。但し、金委員長が今後、再調査を行う約束をしたことは、日本にとって大変鼓舞的で、重要な意味があると思う。

 −−10人の安否不明者に対して再調査を約束したことか?

 必ずしも日本側が提示した10人の安否不明者に限った、死亡したとされた人達に限ってのみ調査するとは思われない。というのも、死亡したと発表した人たちを出すことは、北朝鮮としては困る。従って、10人以外の第3の人物が出てくるかもしれない。

 −−特定失踪者のことか?

 2〜4人ほどの新たな人物を北朝鮮が、朝日間の協議の前進や両国間の関係の発展的な流れから出してくる可能性があると、私は希望的にみている。今後、ボ−ルが日本側に渡れば、日本側が北朝鮮の要求にどう対応するかによって、拉致問題の前進も考えられる。

 −−北朝鮮が10人を出さない、あるいは出せない理由は?

 特殊工作機関に勤めていた経験からして、例えば金正日政治軍事大学は全的に対外工作員を育成する学校である。学校で数年間日本語を教えていれば、多数の人に顔を知られ、学校のすべての流れや状況も把握できる。日本から膨大な経済支援や金銭の見返りを手に入れることがあったとしても彼らを出すことは、それに引けを取らない損失であると彼らなりに判断している筈だ。日本人を利用している機関は、対外情報などを統括する、安保にかかわる重要な役割をする機関だ。そこで働いている人らを容易には認めないと思う。今も生存しているとすれば、彼らを生かして戻す可能性は薄いとみたほうがよい。現況では、不可能かもしれない。但し、過去に一時期いた、と言えるような人であっても無害な人ならば、出す可能性はある。

 −どういうことか、もっと具体的に言ってもらいたい。

 ご承知のように今回の小泉総理の訪朝には軍の関係者は出迎えなかった。前回は人民武力相(国防相)が出た。前回の首脳会談では金委員長は拉致を認めた。拉致を認めれば、おそらく日本が感謝し、朝日関係が前進すると思ったからだ。南北首脳会談のように前進があると思った筈だ。しかし、全く逆の結果になってしまった。軍部の人は、このことは判断ミスだと、金委員長に拉致を認めるべきだと進言した会談主導者らを問責している。北朝鮮が一旦死亡したと発表した10人が生存していると発表すれば、収拾できなくなると思っている。仮に、生存者として一人ないしは二人返した場合、日本側が残りの人も生存していると言のは間違いない。そうなれば、収拾がつかなくなる。軍部及び情報機関のトップは生存していると発表してはならない、死んだままにしたほうがよいと進言し、金委員長もそれを受け入れようとしている。そうなれば、いくら金委員長でも生存していたと発表するのは不可能だと思う。但し、再調査したら、発表してなかった別の人物が出てくる可能性はある。可能性としてはこちらのほうが大きいと思う。

 −−前回のように部下のせいにして、責任者を処罰したという詭弁を弄して生存者を出す可能性はないのか?

 拉致を担当した連絡所、作戦部、戦闘員らをこれまで「よくやった」と表彰してきたのにいまさら責任者を追及したり、処罰することはできない。重要なのは、日本人拉致を担当してきた人が表彰され、昇進し、中にはすでに定年退職した人もいることだ。その中には高い地位に付いている人もいる。

 −−では、10人については今後どう言い訳するのか。

 再度調査した結果、死亡したと言われても、遺骨も遺品もないのに、被害者家族が納得するはずがない。おそらく、10人の中には実際に死亡した人もいるかもしれない。例えば、市川修一さんのようにスパイを養成する学校や軍、特殊分野、労働党連絡所などで勤務していた人らを容易に日本に戻すことはしないだろう。一旦「死亡」と処理した人を再び「生存している」と発表するのは難しい。例え、生存していても、生存を明らかにすることはできないので、そう処理するほかない。北朝鮮が「拉致問題は決着済」と言っている以上、いくら問い詰めても、同じ返事即ち、「死亡した」という回答しか返ってこないのでは。だが、何度も言うが、それに替わる新たな人が出てくる可能性はある。

 −−ということは10人については絶望ということか?

 軍部や労働党連絡所、対外工作員育成所で働いていた日本人はなるべくなら「廃棄処分」にしてしまうのではないだろうか。日本に戻しても大丈夫との判断がつくまでの間は絶対に明らかにしないと思う。労働党、国家安全保衛部、軍部、これは金正日政権を支える守護勢力、基本集団です。最高指導者とはいえ、彼らの立場は無視できない。北朝鮮なりの国益のかかった問題なので、解決には多くの時間を要することになると思う。今後認めるにしても、彼らが高齢となるか、記憶が乏しくなるか、もう使い道がなくなった時点ではないか。あるいは、次の体制下で明らかにすることはあっても、現時点では厳しいと思う。

 −−ということは、2度目の日朝首脳会談をしても北朝鮮は何も変わらないと。

 少しずつは変化しているかもしれない。変化の必要性を感じているのは金正日委員長自身かもしれない。変化のためには朝米関係や朝日関係さらには南北関係のような周辺諸国との関係を円満に解決しなければならないとは思っている筈だ。日本とも早期に国交正常化をしたと願っている筈だ。金委員長本人は円満に解決したいのだが、日本との間には懸案は幾もある。軍首脳の意見も金委員長も無視することはできない。もちろん、金委員長は最高決定権者であり、軍部は当然、彼の言葉に異議を挟まず動く。だからと言って、軍部の意見を無視して、金委員長が独断で、決定することはない。