「北のミサイル能力を甘くみるな」
――米議会で証言した黒覆面脱北者
(コリアレポート 2003年6月号)


 米上院政府活動委員会が2003年5月20日に開いた公聴会で「ミサイル部品の90%を万景峰号で運んでいる」と証言した黒覆面の元北朝鮮ミサイル技師は今春日本で出版された「北朝鮮弾道ミサイルの最高機密」の著者(李福九=仮名)と同一人物である。  米議会での証言後、このミサイル技師は日本に立ち寄り韓国に戻ったが、滞日中に本誌編集長(辺真一)の単独インタビュ−に応じた。以下は、一問一答。

〔経歴〕

李福九(仮名)

1946年5月 咸鏡北道明川郡生まれ。

1963年    明川高等学校卒

   同年   兵役(無線手)

  66年   人民武力部偵察局に配属

  70年   軍事停戦委員会の秘密要員

  75年   「朝鮮平壌444号」と呼ばれる対南宣伝放送局に配属

  82年   国防大学に入学。無線工学専攻

  88年   熙川38工場に配属。同工場の偽造名称は「熙川青年電気連合企業所」             
        肩書は「603工場技術課課長」

  97年   脱北(中国やロシアに潜伏)

  99年   韓国に亡命

  03年   米議会で証言

 ――韓国に亡命して3年経つのになぜ今になって話すことにしたのか?  国家情報院で調査を受けてから3年間は黙っていました。しかし、それも時間の問題でした。人に知られるようになり、中には謝礼金を出すのでしゃべってくれないかとの話もありました。個人的にはこんなことで新聞には出たくなかったのです。しかし、その後新聞やテレビを見ていて、このままではどうしようもないと思い、話すことにしました。

 ――北朝鮮のミサイルの水準はどの程度なのか?  始まりはロシアです。ミサイルも核もロシアです。私がいた軍需工場もロシア製です。北朝鮮の技術はロシアで、ロシアが定着させました。まあ、北朝鮮のレベルは簡単に言うと、ロシアと同じと見ればよいのではないかと思います。

 ――軍需工場にはロシア人以外の外人はいなかったのか、例えば、中国人や日本人などは?  中国人は工場が稼働した初期の頃はいました。その後も何人か来ていたのですが、今は一人もいません。ロシア人が出入りしています。日本人は絶対に使用しません。在日同胞もいません。軍需工場に入れませんよ。イラクをみてください。イラクは金があるから外国人を雇って基地を作りましたが、全部暴露されているではないですか。結局、頼れるのは自分の国民です。軍事は慎重でなくてはなりません。

 ――ミサイルの精密度は?  米国のレベルはよく知りませんが、ロシアと中国とほぼ同じレベルにあるとみて良いと思います。98年8月に発射したミサイルは正確に目標に合わせて発射したとみています。ミサイルの形がどんな形であれ、要は正確に当たればいいのです。

 ――日本はノドンミサイルが200発あるとみているようだが?  1か月に2千発作られています。ミサイルといっても大きなものから小さなものまであります。肩に担ぐ携帯用ミサイルは1か月に何千発も作られます。北朝鮮はノドンどころか、地球を一回りするような大陸弾道ミサイルを開発しています。世界のいかなる国であっても北朝鮮との戦争に参戦したら破壊すると言っています。それが最大目標ですが、現実にはそれを実戦する金がありません。

 ――北朝鮮でもノドンとか、テポドンと呼んでいるのか?  そうは呼ばないです。そのように呼ばれていることは外に出て新聞や放送で知りました。それと、92年4月25日の人民軍創建60周年の時の軍事パレ−ドで披露されたミサイルは北朝鮮製ではありません。全部、ロシアのミサイルです。北朝鮮が独自に開発したものは公開しませんでした。ロシアから輸入したものも全部出したわけでもありません。

 ――98年8月に日本に向けて発射したテポドンは北朝鮮は人工衛星と呼んでいるが、人工衛星なのか?  あれは衛星ではありません。大陸間弾道ミサイルの原型というべきか、どこまで飛ぶか実験したのです。爆発してアラスカに落ちました。北朝鮮には人工衛星を打ち上げられるだけの財源がありません。人工衛星1基打ち上げるのには莫大な金が入ります。北朝鮮の経済全部かけても厳しいです。それくらい金がかかります。

 ――技術的なレベルはどうか?  あると思いますよ。もちろん、実験は失敗がつきものです。それでも可能性があるから挑むのです。

 ――貴方は本の中で北朝鮮がロシアのICBM(SS18)を上回る新型ミサイルを開発中で、その新型ミサイルは「全長72メ−トルで、射程距離は4万kmに及ぶ」と書いているが、信じられない。  金正日の「地球を一周できるミサイルを作れ」との指示でやっています。ミサイルの装着部分には9発の小型ミサイルが収められていると聞いています。

 ――日本では北朝鮮が開発しているのがテポドン2で、全長32メ−トルとみられているが?  間違っています。そんな小さなものではなく、もっと大きなものです。弾頭を9発積めるミサイルを開発しているのです。9つの弾頭を積むんですよ。この話を米国人にしたら、皆びっくりしていました。

 ――衛星もないのにどうやって打ち上げらるのか?  衛星はロシアのものを使うことになっています。長距離弾道ミサイルを誘導するパラボラアンテナは東平壌にあります。直系80メ−トルで、国際通信センタ−の中にあります。普段は民生用ですが、軍事用に転用されます。

 ――その72メ−トルのミサイルを直接見たのか?  我々が部品をつくって送りました。江界工場で作られています。

 ――北朝鮮は固体燃料をすでに開発しているのか?  北朝鮮の弾道ミサイルの燃料は液体燃料だけでなく固体燃料もあります。金正日の命令があればすぐに発射できます。テポドン2号は2段式、あるいは3段式の液体燃料ロッケト推進とか日本で言われているようですが、全く事実ではありません。日本人は知らなすぎます。

 ――北朝鮮のミサイル開発を過少評価しているということか?  そうです。特に報道で知るかぎり、日本はあまりにも甘く見すぎています。実際に自分らが作った電子製品や部品が沢山入っているのにそんなことも知らなかったわけでしょう。

 ――核については何か知っていることは?  寧辺には重要な施設は何もないですよ。寧辺の施設はカムフラ−ジュ用です。本当に重要な核燃料再処理施設は咸鏡南道の金野の地下に移されています。94年の核査察の前に極秘裏に移したのです。

 ――万景峰号を通じて日本からミサイル部品を90%持ち込んでいたと証言しているが、根拠は何か?  我々がそうみているということです。

 ――貴方自身が直接関わったのか?  94年8月に一度、元山港まで取りに行ったことがあります。元山に行って、箱を受け取りました。その中に小さな部品がぎっしり入っていました。

 ――日本語がわからないのにどうやって使うのか? 説明も、翻訳する必要もありません。電子、電気部品はほとんど世界共通です。表があります。表の裏に数字が書いてあります。そこに電圧、電流、特性など製品一つに関する解説があります。数字があって、その数字を見て、これはここに合う部品ということで選んで使います。20年もやっていれば表がなくても、数字をみて作ります。

 ――日本の物が入らなくなると、北朝鮮はミサイルなど軍事製品を作れないのか?  最初からの日本の物がなければ、他の国の物を使っていたでしょう。ですが今は、日本の物が優れているのを知っているので、いまさら方向転換するのは難しいでしょう。そう簡単には方向転換できませんよ。他の国もものを使おうとしたらもう20年間苦労しなければなりません。

 ――北朝鮮は核開発とミサイル開発を放棄すると思うか?  核とミサイルを放棄したらその日に滅びますよ。死んでも放棄しないと思います。94年の時、寧辺の核施設をめぐって大騒ぎになりました。その時は、そこにあったものを全部運び出しました。今、寧辺にあるのは形だけです。米国は軽水炉を2基作ってあげると約束したものの10年近く経ったのにまだ基礎工事しかできていません。それで、北朝鮮はもう勝手にしろと核を動かしているのです。

 ――交渉による平和的解決の可能性については?  今、脱北者の中には軍需工場で働いていた人、将校も含む軍関係者、さらにはミサイル発射装置関係者らがいます。米国が全員受け入れると公言すれば、それで終わりです。彼らが秘密を暴露すれば、それまでです。作ったものは防衛上二度と使えませんから。もう一回、一からやり直さなくてはならないからです。

 ――経済制裁などあまり追い込むと、暴発するのではとの危惧もあるが?  それが問題です。北朝鮮で言う厭戦思想です。かつて金日成(主席)が言ったことがあります。人は1歩下がると、2歩下がる。2歩下がると3歩下がる。後退しつづけるのです。死ぬ気で対抗しなければ、いけないということです。向かっていってこそ解決策があるのです。北朝鮮という国は中国やロシアのようにはならないですよ。

 ――北朝鮮の工作船について知っていることは?  真昼に入ってくるのは、日本を試しているのです。どのぐらい海上を警備しているのか。北朝鮮の若者らは死ぬことは平気です。だから、自爆するのです。奄美大島に出没した工作船はおそらく第8軍団の所属でしょう。南浦の上の軍事港にあります。

 ※このミサイル技術者の米議会での証言は韓国でも波紋を呼び、韓国国会情報委員会は6月3日、国家情報院(国情院)から説明を受けた。国情院は 1黒覆面の証言者はミサイル誘導システム開発に関わった技術者ではなく、武器製造工場の下級労働者である 2ミサイル部品の輸入に関して証言できる立場にはない人物であるとの報告を行った。◆