2011年10月5日(水)

韓国での「脱北者」の今後

 日本政府に3週間にわたって保護されていた木造船による脱北者9人が韓国に無事送還された。これで日本での「脱北騒動」は一件落着となった。

 北朝鮮は、予想通り、今回の脱北事件でも、4年前の青森の件同様に何の反応も示さず、無視していた。漂流でもなく、拉致でもなく、脱北が極めて明白なことから、反論の余地がなく、黙殺することにしたのだろう。

 昨日は、彼らの今後についてだが、憧れの韓国に無事辿りついたからと言って、極楽天国というわけにはいかないのが実情だ。韓国で新生活をスタートするまでは様々な過程を経なければならない。

 まず、京畿道にある中央合同尋問センターに収容され、そこで、長期間にわたって尋問を受けることから始まる。家族構成、亡命動機、脱出経路は言うに及ばず、生い立ちから脱北にいたるまでの過程をすべてを洗いざらい語り、総括しなければならない。韓国側からすれば、昨今偽装亡命が多発していることもあって、調査は生易しくはない。刑事が容疑者を尋問するかのように徹底的に行われる。

 個人データーに関する調査が終われば、今度は、北朝鮮の国家全般に関する聞き取り調査が始まる。軍事、政治、経済、社会、地域、職場に関して詳しく聞き出す。今回は軍人が、それも元最高人民会議議長を祖父に、韓国人拉致を担当していた対南工作員を父に持っている軍人が含まれていることが事実ならば、簡単には済まされないだろう。

 脱北者の中には尋問に協力しない者、不平、不満、不服を述べる者も中にはいるが、かつては、従順になるまで拷問など手荒な手段が講じられることもあった、と聞いている。

 合同尋問センターでの調査が終われば、韓国での生活に順応、適応するため同じく京畿道にある「ハナ院」という施設で最低3か月間は訓練を受けなくてはならない。韓国で暮らすためのノウハウを教わるわけだ。

 南北分断からほぼ65年。社会主義と資本主義に分かれた民族は、同じ民族とはいえ、ものの見方も違えば、考え方も異なる。見るもの、聞くもの、触るものどれもこれも初めてのことばかりの脱北者にとって、韓国はまさに別世界なのだ。

 従って、合間をみて、社会見学にも出かける。産業施設への視察からデパートでのショッピングなどを通じて韓国社会に溶け込むための実地訓練も施される。さらには就業のための職業訓練も行われる。

 脱北者のレベルによっては、施設に収容されている間、各種団体の会合に呼ばれ、講演などを行うこともある。脱北者は韓国政府にとって格好の「反共教育」の「生きた教材」であるからだ。

 施設での教育が終了すれば、世に送り出され、「希望の国」韓国での生活が始まるが、社会に出たからといって、当局による保護観察から完全に外れるわけではない。韓国の社会に慣れるまで、さらには「身辺安全」と称して地元警察によって保護される。

 期間は2年間で、保安局の刑事らが市内の案内から生活指導、職業の斡旋にいたるまで生活の面倒をみてくれるが、脱北者の中には「監視されている」と不満を持つものも多い。

 社会に出て脱北者がまず突き当たる壁は、韓国社会の脱北者に対する偏見と差別だ。「親兄弟を捨てた薄情者」から「裏切り者」、あるいは「何か悪いことをして逃げてきたのでは」との「風評被害」に悩まされるのが一番辛いそうだ。

 次に、就職の壁だ。米国の民間団体「北朝鮮人権委員会」が、かつて中朝国境地帯に逃避、潜伏している脱北者1,346人を対象にアンケート調査を実施したところ、「大卒」は1%しかいなかった。多くは「小卒」(44%)「中高卒」(52%)というのが実情だ。

 さらに「中高卒」であっても、北朝鮮で取得した技能や資格が韓国社会で全く役立たず、希望の仕事にありつけず、結果として3K(危険、きつい、汚い仕事)に従させられるケースが多い。ある統計では、成功者は10人に1人いるかいないかと云われているぐらい、韓国は「狭き門」である。

 韓国の与党議員が4、5年前に90年以後亡命した脱北者308人に対してアンケート調査を行ったところ、脱北者の平均収入は韓国一般サラリーマンの

 半分で、さらに生活苦から14%が窃盗、強盗などの犯罪を犯していたことも判明した。

 今回の脱北者は事情聴取した日本の当局者に祖父や親が政治的な理由で地方に追放されたものの生活面では「一般庶民より恵まれた収入があり、食事など不自由してなかった」「子供に高い教育を受けさせるため韓国を目指した」と、亡命動機を語っていた。実際にドルや中国元など外貨を数十万円を所持していたことから、「飢餓からの脱出」でないことは明白だ。日本円で数十万円を所持していれば、北朝鮮では金持ちの部類に属する。

 この脱北の動機を韓国の国民はどう受け止め、受け入れるのだろうか?

 「このままいては夢も希望も、未来もないので子供の将来のためにももっと自由な国に行きたい、もっと豊かな国に行きたい」というのが脱北の動機なら、同じような境遇、心境の人が、おそらく韓国にはごまんといるだろう。

 日本からの脱北者が韓国に到着したちょうど、昨日、同じ日本海から同じように木造船に乗った二人が韓国に漂着した。北朝鮮は今度は素早く反応し、漂流だとして、赤十字委員会を通じて二人の引き渡しを要求しているが、果たして「9人に続け」ということなのだろうか。