2010年6月22日(火)

W杯北朝鮮―ポルトガル戦で心配は韓国の処遇

 ボロ負けというのは、北朝鮮―ボルトガル戦のことだ。

 ブラジル戦で健闘したことから北朝鮮の善戦が期待されたが、結果は0−7。今大会最多得点をボルトガルに献上してしまった。W杯史上最多の失点は1982年のスペイン大会でエルサルバドルがハンガリーに大敗した際の10点。それでも1点取っての1−10だった。

 韓国とザイルも過去に9点取られた経験がある。韓国はW杯に初めてデビューした1954年のスイス大会で同じくハンガリーに0−9と、コテンパンにやられた。最近では、サウジアラビアが2002年の日韓W杯で、ドイツに0−8の大差で完敗した。韓国はこのスイス大会ではトルコにも0−7と惨敗した。韓国にとって初出場したスイス大会は、散々だったようだ。

 北朝鮮同様に過去に屈辱を味わったこともあって韓国国民も、メディアも、またサポーターも、北朝鮮に同情を禁じえなかったようだ。韓国が負ければ「屈辱だ」とか「自尊心が損なわれた」とか、自国のチームへのバッシングをするのが常だが、北朝鮮に対しては「勇敢に戦った」「最後までフェアープレーに徹していた」と同情と好感を持って報じていた。同胞に対する韓国人の優しさが滲み出ていた。

 韓国でも北朝鮮の国民同様にブラジルとの試合で善戦したことから「もしかしたら、番狂わせがあるかも」、「44年前のリベンジもあるかも」との関心もあって、驚いたことに韓国でのTV視聴率は全国平均25%、瞬間視聴率は35%もあったそうだ。北朝鮮が勝てば、同じ民族として韓国人はおそらく自国の勝利のように喜んだことだろう。哨戒艦沈没事件があっても、政治は政治、スポーツはスポーツなのである。

 この試合は、北朝鮮でも珍しく生中継されていた。前半戦は0−1で終わったことで、北朝鮮の国民は逆転を信じて、後半戦もテレビの前にかじり付いたのだろう。それが、後半戦に立て続けに6点も入れられたのでしらけてしまったのでは。7〜8分で1点の失点だから、愕然としたのではないだろうか。さすがに実況中継をしていたアナウンサーも解説者も、4点目を入れられた時には、言葉が出なかったそうだ。失意呆然したのだろう。

 野球と違って、サッカーでは後半戦で4点差が付くと、逆転は不可能だ。テレビのスイッチを切るか、席を立ってしまうかのどちらかだろう。

 北朝鮮はそれでも中継を打ち切らず、最後まで生放送を続けていたそうだ。惨敗を目の当たりにした国民はどう受け止めたのだろうか?それ以上に最後まで放送させた金正日総書記は一体、何を考えていたのだろう?

 試合後、キム・ジョンフン監督は「戦術面で負けた試合だった。私の責任だ」と振り返っていたが、試合前まで自信満々だったキム監督にとっては本当に辛い結果となった。

 どの国でもそうだが、失敗すれば、誰かが責任を負わなければならない。北朝鮮の場合、その責任の取り方が、極端だ。周知のように、デノミ政策の失敗で、経済担当の朴南基(パク・ナムギ)財政計画部長が失脚し、一説では部下の副部長と共に処刑されたとも伝えられている。

 仮に最終戦のコートジボワール戦でまた惨敗するようだと、キム監督のサッカー生命はその瞬間終わるかもしれない。二度と、ナショナルチームの監督として指揮を振るうことはないかもしれない。

 北朝鮮をW杯進出に導いたキム監督の功績は大きい。キム監督が今後も、サッカー界に留まり続けることができるのか、それとも、叱責された幹部ならば必ず一度は経験する定番の「炭鉱送り」となるのか、北朝鮮の「変化」を占ううえで、キム監督の今後の去就に注目したい。