2010年8月17日(火)

米国の追加経済制裁の中身

 北朝鮮に対する米国独自の追加経済制裁が近々発表される。

 北朝鮮には現在、2006年と2009年の核実験への制裁として採択された国連安保理決議「1718号」と「1874号」に基づく制裁措置が取られている。

 昨年6月に発表された韓国現代経済研究院の報告書(「国連安保理制裁の影響」)によると、北朝鮮は国連による制裁で「少なくとも15億ドル相当、最大で37億ドル相当の経済的損失を被る」と予測されていた。北朝鮮の国内総生産(GDP)は195億ドル(2008年基準)。損失額はGDPの7.6%〜18.9%を占める。

 経済制裁と同時に船舶検査が強化され、武器、麻薬、偽タバコの密輸が遮断されれば年間10億〜15億ドル相当の損失が加算されるとも分析されていた。これに金融制裁が拡大され、2005年にマカオのバンクオブデルタアジア(BDA)の北朝鮮口座が凍結されたような状況になれば「影響は一般交易にも及び、10億ドル相当の決済ができなくなる」とみられていた。北朝鮮はマネーロンダリングの容疑でBDAの「北朝鮮口座」を凍結され、2、500万ドル相当の資金を一時的に差し押さえられた。

 しかし、国連の制裁にも抜け道があった。北朝鮮の最大スポンサーである中国を含め国連の全加盟国の全面協力を誘導できなかったことがその一因だ。

 国連加盟国(192か国)のうち111か国が国連制裁履行に関する報告書を未だに提出していない。また報告書を提出した国のうち3分の1は4年前の「1718号」に関するもので、昨年の「1874号」に関してのものではない。

 「1874号」に関する履行報告書は7月末47か国に増えたが、大半は欧州(27か国)、アジア(9か国)、米州(7か国)で中東地域はトルコとレバノンの2か国、アフリカはゼロだった。

 制裁が期待したほど大きな効果を上げられないもう一つの理由は、北朝鮮がさまざまな方法で制裁逃れしていることにある。

 制裁実施状況を監視する国連安保理専門家委員会の中間報告によると、北朝鮮は積み荷の荷札を偽造したり、取引に数多くの業者を介在させたり、実体のない会社や金融機関を関与させ、制裁対象の製品を輸出入するなどして企業活動を継続した。例えば、海外資産の凍結対象となった朝鮮鉱業開発貿易会社の場合は子会社がその業務を代行しているのが実情だ。

 大量破壊兵器開発資金の源となっている武器の輸出規模は米国が主導する大量殺傷兵器拡散防止構想(PSI)が稼動して以来年々減り、2007年には5千万ドルを割り、4,960万ドルまで落ち込んだが、韓国の東亜日報(09年12月17日)によると、武器輸出は再び増加し、昨年は2億ドルに迫った。制裁対象から除外された貿易会社が前面に出て、武器取引をやった結果とみられている。

 こうした状況を鑑み、先月(7月)訪韓したヒラリー・クリントン長官は「過去に国務省と財務省によるマカオのバンコデルタアジア銀行(BDA)式制裁の結果、期待していた成果を得ることができた。我々の今度の制裁はこうした措置を受けてしかるべき北朝鮮指導部の一員あるいは指導部に影響を与えている連中らに対して行う」と述べ、米国の追加制裁が北朝鮮の指導部と資産に焦点を合わせていることを示唆していた。

 米国は国連の既存の制裁をより厳格に施行しながら非拡散問題と関連した不法活動を支援する個人と銀行に対して資産を凍結し、また北朝鮮の外交官に対する旅行禁止措置を含む案も検討している。

 具体的に検討している金融制裁には@制裁対象を指定し、リストを作成するA制裁対象となった企業や機関及び個人と取引している第3国の金融機関にリストを通報し、取引の中断を要請するB第3国金融機関が米国に協力しない場合、米金融機関に対してこれら非協力金融機関とは取引しないようにすることなどが盛り込まれるようだ。

 米政府の金融制裁対象に指定されれば、米国の企業、個人とのすべての取引が遮断され、米国内の資産も凍結される。その結果、他の外国の金融機関との取引中断というドミノ現象が起き、国際金融機関から締め出されることになりかねない。

 米国は昨年12月に北朝鮮の要注意金融機関として「金剛銀行」を新たに追加したが、財務省が注意を喚起した北朝鮮の金融機関は全部で18行に上る。財務省は北朝鮮が国際社会の制裁を回避するため設立した幽霊会社の摘出にも乗り出しており、すでに100個以上の不法銀行口座を追跡しているとの情報もある。

 北朝鮮への追加制裁のため8月初旬に韓国及び日本を訪問した米国務省のアインホーン対北朝鮮制裁担当調整官は「全世界で不法活動中の北朝鮮の貿易会社と個人についてすでに把握している」と語っている。北朝鮮の企業、機関、個人のブラックリストも当然作成済みである。

 米国は海外で活動中の15の北朝鮮金融機関のうち、9機関が違法行為を支援したとみており、また貿易会社の朝鮮鉱業貿易開発会社と朝鮮嶺峰総合会社も制裁の対象に指定されると伝えられている。

 制裁リストには、金総書記が直接関与している秘密資金の窓口として知られている朝鮮光星銀行(KKBC)や北朝鮮の海外秘密資金を管理、運用する金融機関とみられている端川商業銀行も含まれる模様だ。

 「1874号」では個人に関して制裁リストに載ったのは原子力総局のイ・ジェソン総局長、同じくファン・ソクハ開発計画責任局長、寧辺核研究所のイ・ホンソプ前所長、原子力総局の傘下貿易会社「南川江貿易」のユン・ホジン代表、それに龍岳山輸出組合(朝鮮リョンボン総会社)のハン・ユロ代表の5人に限られた。

 資産凍結や渡航禁止の対象となった原子力関係者の3人は海外に資産もなければ、国外に出ることのない科学者らだ。サダム・フセイン大統領を含め89人の個人と206人の組織が含まれたイラクのケースとは雲泥の差だった。北朝鮮国連代表部の朴徳勲(パク・トクフン)次席大使をして「びくともしない」と言わしめるほど生ぬるいものであった。

 日米英仏の4か国は当初、北朝鮮高官ら15人のリストを提示していたが、中国やメキシコ、ベトナムなどが難色を示したため、個人に関しては核技術研究者と貿易関係者ら9人に限定された。

 また、北朝鮮の「外国貿易銀行」と「朝鮮大聖(テソン)銀行」を制裁対象の金融機関に指定し、国連加盟国に自国の金融機関が両行との取引を禁止することを義務づける条項もあったが、これも中国の反対に会い、土壇場で削除されてしまった。

 個人を対象にした制裁について「1874」は対象基準として「核関連、弾道ミサイル関連及びその他の大量破壊兵器関連計画に関連のある北朝鮮の政策に責任を有している人物」と定めている。

 この選定基準に基づけば、また、米国が検討している制裁が「北朝鮮指導部の一員あるいは指導部に影響を与えている連中らに対して行う」(ヒラリー長官)ならば、最高権力機関である国防委員会がその対象となる。

 ミサイル発射と核実験を命令した国防委員長である金正日総書紀、「軍の威力を誇示した」と誇った副委員長の金英春(キン・ヨンチュン)人民武力相、そして金総書紀にミサイル発射と核実験を進言した同じく副委員長の呉克烈(オ・グッリョル)党作戦局長のトップ3人は真っ先に指定されなければならない。

 また、核とミサイル開発の党責任者である全炳浩(チョン・ビョンホ)軍需工業部長と実務責任者である朱奎昌(チュ・ギュチャン)軍需工業部第一副部長の二人も当然リストアップされなければならない。

 国連の制裁とは別個に欧州連合(EU)が昨年北朝鮮に対して独自の制裁を発動したが、金総書記の名代である義弟の張成沢(チャンソンテク)国防副委員長と金英春人民武力相を含む13人の国防委員のうち6人をリストアップしていた。

 この他に制裁対象者として金総書記の軍事ブレーンでもある呉克烈国防委副委員長、金総書記と常に帯同している玄哲海(ヒョン・チョルヘ)人民軍総政治局長と朴在慶(パク・チェギョン)人民武力部副部長の二人、そして当然のごとく全炳浩軍需工業部長と朱奎昌軍需工業部第一副部長の二人も含まれていた。

 それだけではない。金正日総書記の個人資産を管理する金庫番である「39号室」の金東運(キム・ドンウン)室長も名指しされていた。高度の政治判断で国防委員長の金総書記は除外されたが、党及び軍No.2を含む側近らはほぼ全員網羅されていた。制裁対象者はEU諸国への出入り、通過が許されない。

 EUはまた、国連安保理の決議に従い、すでに昨年7月に原子力総局関係者ら5人に対して制裁を科していたが、新たに核開発の基礎を築いた徐相国(ソ・サングク)・金日成物理学部講座長や辺英立(ピョン・ヨンイプ)国家科学院長らも追加し、総勢20人を制裁の対象としている。

 個人以外にも4つの企業に対して資産凍結が科せられたが、EU諸国との貿易拡大に乗り出していた矢先だけにEU26か国における資産凍結、送金禁止措置は北朝鮮にとっては経済的に痛手である。

 米国がEUのような強硬な制裁措置を取るのか、米国の本気度が試されているが、国内法に基づく制裁とは異なり、行政命令は北朝鮮の対応次第では弾力的に応用でき、修正や解除が難しい国内法よりも柔軟に対応できると言われている。イランへの制裁に比べると、それほど強硬ではないとの見方もある。

 米国の追加制裁が北朝鮮のレジームチェンジ(体制崩壊)を意図するのか、それともあくまで非核化に向けた前向きな態度を誘導するための一時的な圧力なのか、追加制裁の中身で決まる。