2011年8月24日(水)

金正日最後の訪ロ

 ロシアを訪問中の金正日総書記がメドベージェフ大統領との首脳会談を前に23日、東シベリアのウランウデにある航空機工場、アビア・ジャボドを視察した。

 アビア・ジャボドは、スホイ(SU)やミグ(MIG)戦闘機をはじめMI−8,MI−171などの軍用ヘリコプターなどを生産する工場として知られている。

 確か、ロシア紙、イズベスチャーは20日付で「ロシア当局は、ウランウデではロシア特殊部隊による爆破実技や格闘の模範演技などは見せてあげるが、金正日にはいかなる形態の新型武器も見せることはしない」と報じていたはずだ。ロ朝関係の緊密化を危惧する韓国のメディアは前日まで大喜びでこぞってこの記事を取り上げていた。

 今回の訪朝団には金英春(キム・ヨンチュン)人民武力相のほか、前任者の全秉浩(現:内閣政治局局長)に替わって党で軍需分野を仕切っている朴道春(パク・ドチュン)党書記、それにミサイルと核開発の実務責任者である朱圭昌(チュ・ギュチャン)ら同行させているわけだから、常識に考えて軍需工場の視察が予定に入っていないはずはない。

 金総書記は、2001年に訪ロした際にもプーチン大統領(当時)とのモスクワでの首脳会談を前にオムスクにあるT−80戦車製造工場を視察したほか、帰途、ノボシブルスクに立ち寄り、スホイ(SU)−34戦闘機製造工場を見学していた。

 ロ朝の軍事交流は、ソ連からロシアになって北朝鮮への武器供給も一方的な援助という形式でなく、現金決済方式となった。それでも対北武器売却は継続されていた。そのことは、2001年に訪ロの際、イタル通信(8月2日)が「両国の軍事(武器)協力関係は、国際条約と安定に害を与えるのではなく引き続き発展するだろう。北朝鮮とロシア間の合理的な武器分野の協力はむしろ予測可能性を高め、北朝鮮を一層安定にさせることができる」と伝えていたことからも明らかだ。

 当時は、北朝鮮はS−300地対空ミサイルや対空レーダーシステムなどのほか、S―300迎撃ミサイルの導入とSU−27戦闘機か、MIG−29戦闘機のどちらかの組立生産を要請していた。特に対空防御網の強化のためS―300は喉から手が出るほど欲しがっていた。しかし、ロシア側はMIG―29については生産中断を理由に拒否。また北朝鮮の支払い能力に問題があり、これら武器売却交渉はいずれも不調に終わったと伝えられていた。

 今回も、仮に先の訪中で中国から最新戦闘機を導入することに失敗したとするならば、その導入先をロシアに変え、念願のMIG−29戦闘機、もしくはSU−27戦闘機か、S―300迎撃ミサイルの提供を金総書記はメドベージェフ大統領に要請するかもしれない。

 しかし、現実には、北朝鮮への武器販売や輸出を禁じた国連制裁決議が撤回されない限り、ロシアとしては軍事協力はできないだろう。しかし、仮に金総書記が核放棄を確約し、6か国協議が進展し、国連の制裁が緩和、もしくは解除されるようなことになれば、ロシアは北朝鮮に最新兵器の売却に踏み切るだろう。今回は、そのための布石と考えられなくもない。

 軍資金に余力のない北朝鮮としては、見返りとして、天然ガスパイプラインの敷設やシベリア横断鉄道(TSR)と朝鮮半島縦断鉄道(TKR)の連結許可、あるいは日本海に面した羅津、清津、元山のロシアへの開放なども考えられる。

 北朝鮮はすでに羅津港の第3埠頭をロシアに50年間の使用権利を与えているが、元山をソ連海軍の基地として提供するよう可能性もなくはない。ロシアは過去に元山港や南浦港を軍港として使用できるよう北朝鮮に要請したことがあるからだ。

 来る6か国協議で北朝鮮が核とミサイル開発の凍結、あるいは放棄を表明するにしても、安全保障上の担保としてこれら最新兵器は北朝鮮にとっては絶対に欠かせないものであるからだ。ロシアが北朝鮮の要請にどう応じるのか、今日のロ朝首脳会談が注目される。

 序に、もう一つ気になる記事がある。産経新聞の今朝のソウル発の次の記事だ。

 「金正日総書記とメドベージェフ大統領との首脳会談をめぐる事前の交渉で、ロシア側が金総書記の三男、正恩氏専属の国際情勢の指南役として露情報機関、対外情報局(SVR)要員の派遣を提案し、北朝鮮側も受け入れる方針を示していたことが分かった。露朝関係に詳しい情報筋が明らかにした」

 産経によると、指南役派遣は今年5月、首脳会談の事前調整のため平壌を訪れたSVRのフラトコフ長官側が提案し、北朝鮮が受け入れの姿勢を見せたのは、国家指導者としての経験がない正恩氏を後継者として早急に養成する必要があるからで、一方のロシア側には、北朝鮮の次期指導者との関係を密接にし、取り込みに道を開きたいとの判断があるからだ、と産経は情報筋の話として、双方の思惑を伝えていた。

 最後に、この露朝関係に詳しい情報筋は「一国の指導者候補が外国情報機関から直接、国際情勢に関する情報提供を受けるのは異例」と指摘していた、と産経は報じていた。

 話としては面白いが、閉鎖的な北朝鮮が外国の情報機関のエイジェントを最高機密に属する人物の指南役などあり得ない話である。

 第一、米国や韓国とも内通しているロシアに心を許すほど北朝鮮はそれほどやわではないのでは。09年のミサイル発射や核実験で国連の制裁決議に拒否権を行使しなかったロシアは北朝鮮にとってはもはや同盟国でも親分でもない、「米国にへつらう国」と烙印を押したこともあるほど、心から信用していない。

 現に仮にこの情報筋の話が事実ならば、ロシアという国はこうした内緒話が簡単に外部に、それも北朝鮮が目の敵にしている産経新聞にあっさりと洩れてしまう国なわけだから、ロシアの情報機関員が「正恩氏専属の国際情勢の指南役」なんてとんでもない話である。

 北朝鮮関連のソウル発の記事にはやはりチェックが必要だ。