2011年6月29日(水)

3度目の金正日訪ロの狙い

 金正日総書記が一両日中に特別列車でロシアの極東を訪問し、早ければ7月1日にもウラジオストク郊外でメドベージェフ大統領と首脳会談を行う。

 訪ロが実現すれば、3度目となる。前回(2002年8月)の二度目の訪ロから実に9年ぶりである。前回の訪問先も今回同様にロシア極東地区で、プーチン大統領との首脳会談もやはりウラジオストクで行われた。

 金総書記は先頃(5月)の訪中を含めこれまでに中国には8度訪れているが、ロシアはまだ2回のみ。初の訪ロは、2001年で、前年のプーチン大統領の訪朝(2000年7月)への言わば、答礼でもあった。

 モスクワでの片道約9千km、往復で1万8千kmの路程を17両の客車に140人の随行員を引き連れた2001年の列車の旅は北朝鮮の最高指導者としては金日成主席の最後の訪問となった1985年以来、実に16年間ぶりのことであった。

 珍しく飛行機を利用してモスクワを訪れた金主席の訪ソもまた実に23年ぶりのことであった。金主席は27回の非公式訪問を含め生前39回も中国を訪れていた。そのことを比較しても、ロ朝関係はかつてのような同盟関係にはないことは明白だ。

 北朝鮮にとって旧ソ連は1990年までは最大の交易対象国であった。また戦略物資供給基地としての役割も担っていた。しかし、旧ソ連崩壊後ロシアが貿易取引で現金決済を要求したことで貿易量が急減。特にロシアと韓国が1989年9月の国交樹立を機に急接近し、経済協力を拡大したことで、ロ朝関係は相対的に停滞を余儀なくされた。

 両国の貿易規模は2001年の時点で91年の6分の1の水準、約1億5千万ドル程度にまで落ち込んだ。それでも、旧ソ連時代も含めて初の最高指導者の訪朝となった2000年のプーチン大統領の訪朝(7月19−20日)と、翌2001年の金総書記のこれまた初の訪ロ(7月28−8月18日)で両国の関係は徐々に修復された。

 ●ロ朝首脳の相互訪問で関係修復

 プーチン訪朝では▲両国間の親善及び協調関係の確認▲侵略行為があった場合の即時相互接触▲NMD(迎撃ミサイルシステム)及びNMD(米本土ミサイル防衛)体系への反対▲経済協力の正常化及び産業分野の協力強化▲国際的犯罪及びテロ防止のための相互協調など11項目に及ぶ共同宣言(「平壌宣言」)が出された。

 翌年の金正日訪ロでも8項目からなる「モスクワ宣言」が発表された。「平壌宣言」に比べて3項目少なかったが、駐韓米軍の問題とシベリア横断鉄道(TSR)と朝鮮半島縦断鉄道(TKR)の連結問題の重要性が盛り込まれた。また、2000年の趙明録国防第一副委員長の訪米とオルブライト米国務長官の訪朝というデタントの動きを反映して「米朝、日朝の交渉過程で成果があることを心から望む」との項目もあった。

 首脳同士の相互訪問と共同宣言を採択した背景にはロシア側は北東アジア及び朝鮮半島での影響力保持という目的が、北朝鮮側には、ロシアとの関係強化と経済協力による外交孤立と経済苦境の回避という狙いがあった。

 金総書記の翌年の訪ロでは両首脳の間で二度にわたって交わされた宣言の履行に比重が置かれた。

 その結果、両国間では2003年1月にIT分野での協力に関する協定が締結された。協定に基づき朝鮮コンピューターセンター所属の専門家から成る視察団が極東ロシアの沿岸州を視察し、同地域の電子及びハイテク分野、特にPCとソフトウエア生産分野の主要プロジェクトの把握に努めた。

 また、この年、金総書記の指示により、ロシアとの親善友好の証として北朝鮮初のロシア正教会が大同江付近に建設された。正教会の規模は、300平方メートルで二つのドームを備えたコンクリートの建物で、鐘塔には12個の鐘が設置された。

 さらに長年の懸案であった国境線の設定でも合意し、08年8月に豆満江の河床に中間線の境界線が画定された。

 ●シベリア横断鉄道と朝鮮半島縦断鉄道連結への期待

 ロシアはTSRとTKRの鉄道連結プロジェクトの推進に力を入れてきた。TSR連結はロシアでは沿海州地域の経済活性化と観光市場形成に寄与することになるからだ。

 ロシア沿岸州企業は以前から羅先地区に原油加工の方法を検討してきた。1999年に貿易相を団長とする北朝鮮貿易代表団がウラジオストクを訪問した際に沿海州企業と備忘録を交わしたが、その中に「羅津原油加工工場」(北朝鮮の勝利石油化学工場)の設備を利用し、原油を加工することで合意していた。

 金剛山韓国人女性観光客射殺事件などによる南北関係の悪化で現在は運行を休止しているが、南北間にはすでに縦断鉄道が開通している。将来的にはシベリア横断鉄道と連結されるが、新義州〜丹東経由による京義線(ソウル〜新義州)と東海岸の元山〜羅津〜ハサン経由による京元線(ソウル〜元山)の優先順位をめぐり中国とロシアが綱引きをしている状態にある。

 仮にロシアの希望とおり、京元線が開通すれば、釜山〜ソウル〜元山〜ウラジオストク〜シベリアに繋がる。これにより年間50万個のコンテナ輸送が可能となり、ロシアは4億ドルの運搬収入が見込まれている。

 羅先自由経済貿易地帯の開発に力を入れている北朝鮮にとっても鉄道の連結による経済的メリットは大きいものがある。

 京元線は、北朝鮮にも通行料として最小でも年間1億ドルを担保している。また、中国に続くロシアの支援により老朽化した鉄道の再建も期待できる。北朝鮮国内の鉄道(延べ5214km)のうち70%は植民地時代に日本によって建設されたもので、すべての面での改修工事が必要だ。従って、北朝鮮がロシアと中国の協力により鉄道の再建と電力難の解消という「一挙両得」を狙っていることを明らかだ。

 両国間では2008年4月には金容三鉄道相とウラジミール・ヤクーニン鉄道公社社長との間で羅津〜ハサン鉄道建設合意書に調印している。この合意書により、両国は豆満江域から羅津港に繋がる52kmの鉄道を敷くため合弁会社を設立した。また8月には羅先市豆満江地区の朝露親善閣で開かれた羅津港とハサン駅を結ぶ鉄道区間現代化工事に関する着工式もあったが、工事は大幅に遅れ、完成にはほど遠い状態にある。

 共同宣言では原油及びガス分野の協力も謳われていたが、これまた北朝鮮ではエネルギー難の解消、ロシアは極東地域開発という点で利害が一致している。特に北朝鮮は電力難により列車の70%は稼働していない状態にあるだけに期待は大きい。

 ロシアのイルクツク〜北朝鮮〜韓国〜日本を連結するパイプラインの建設は関連当事国の利害が一致してこそ可能な大規模プロジェクトであるが、TSRとTKRの連結事業同様に、パイプラインの建設も計画から一歩も前に進んでない。

 ロシアは北朝鮮の鉄道システムの改善のための鉄道近代化事業のため5億ドルの支援を約束したが、20億ドルかかる全体の費用の4分の1に過ぎなかった。

 インフラ以外にも両国は稲、豆、野菜の共同栽培、販売に合意していたが、これまた目に見えるほどの成果はなかった。

 ●北朝鮮が求める軍事支援

 「平壌宣言」では第2項目に「両国は北朝鮮、ロシアに対する侵略脅威が造成された場合、平和や安全に脅威を与える状況が造成された場合、協議と相互協力をする必要がある場合は速やかに接触する」と明記されていたが、「モスクワ宣言」ではこの項目が削除されていた。

 ロシアは安全保障面では、北朝鮮とのかつての「軍事同盟」を解消し、韓国との等距離外交にシフトした。その結果、1961年に旧ソ連との間で結ばれた「友好協力条約」は2002年2月のイワノフ外相の訪朝で「新友好協力条約」に衣を変えた。

 ソ連からロシアになって北朝鮮への武器供給も一方的な援助という形式でなく、現金決済方式となった。それでも対北武器売却は継続された。

 第1回目のモスクワでの首脳会談を前にイタル通信(8月2日)は「両国の軍事(武器)協力関係は、国際条約と安定に害を与えるのではなく引き続き発展するだろう。北朝鮮とロシア間の合理的な武器分野の協力はむしろ予測可能性を高め、北朝鮮を一層安定にさせることができる」と伝えていたが、金総書記はプーチン大統領との首脳会談を前にオムスクにあるT−80戦車製造工場を視察したほか、帰途、ノボシブルスクに立ち寄り、スホイ(SU)−34戦闘機製造工場を見学している。

 金総書記の訪露前に露朝の軍事関係者の間ではS−300地対空ミサイルや対空レーダーシステムなど10余種類のロシア製先端武器の売却問題が話し合われていた。

 当時北朝鮮はロシアに対してS―300迎撃ミサイルの導入とSU−27戦闘機か、MIG−29戦闘機のどちらかの組立生産を要請していた。特に対空防御網の強化のためS―300は喉から手が出るほど欲しがっていた。但し、ロシア側はMIG―29については生産中断を理由に北朝鮮側の要求を拒否。また北朝鮮の支払い能力に問題があり、武器売却交渉はいずれも不調に終わったと伝えられていた。

 ●二度のミサイルと核実験で関係が冷却

 首脳同士の相互訪問と一連の共同宣言で関係を修復したかのように見えた両国だが、2006年と2009年の二度にわたる北朝鮮のミサイル発射実験と核実験により関係が再びこじれた。ロシアが国連で北朝鮮非難決議と制裁決議などに同調したことに北朝鮮が猛反発したことでロ朝関係は再び冷え込んだ。

 事実、08年10月に訪ロした朴宜春外相はメドベージェフ大統領にもプーチン首相にも会えないまま帰国した。また、翌年の09年4月にロシアのラブコフ外相が2004年7月以来、5年ぶりに訪朝したにもかかわらず金総書記はラブロフ外相の表敬訪問すら拒んだ。北朝鮮が友好国の、それも大国の外相の面談を拒否するのは異例のことであった。明らかにロシアが国連安保理で日米に同調したことへの不快感の表れであった。

 ●極東地区開発に乗り出したメドベージェフ発言

 ロ朝関係の復縁の動きは、メドベージェフ大統領が昨年11月12日、ソウルで開かれた主要20か国首脳会議に出席した際、記者会見で「TSRとTKRを連結する事業に関する論議を早急に再開すべきだ」と、記者会見で語ったことから顕著となった。

 極東シベリア開発を国家プロジェクトとするメドベージェフ大統領は「我々はこの事業が経済的にまた、政治的観点からも興味があると思っている。これを実現するには資金だけでなく、善意も必要である」と語り、「私が承知する限り、当事国はどこもこの事業に相当な利害関係があるものとみている」と、連結事業に意欲を示していた。

 今年1月13日には、ブヌーコフ駐韓ロシア大使が韓国の聯合ニュースの新年インタビューに応じ、「北朝鮮が核を放棄すれば、ロシアと韓国、北朝鮮を連結するガス管と電力網、鉄道網の構築を本格的に推進する用意がある」と表明し、韓国が提案している北朝鮮核問題解決のための一括妥結案(グランドバーゲン)に組み込む意向を表明した。

 韓国とロシアはすでに2008年の首脳会談で、2015年をめどにした北朝鮮を経由するロシア天然ガス導入計画、朝鮮半島縦断鉄道とシベリア横断鉄道の連結構想に合意していた。また、ロシアと北朝鮮との間でも09年7月には羅津〜ハサン間の鉄道近代化に向けた協定が締結されていた。

 ロシア政府は、先月(5月)17日に対外情報局のミハイル・フラトコフ長官が平壌を訪れた際に北朝鮮に5万トンの食糧支援を表明した。

 訪朝を伝えたインテルファックス通信によると、金総書記との会談では経済協力や核問題について意見交換が行われたとのことだが、経済協力のプロジェクトとしてロシアから北朝鮮を通じて韓国に移送するガスパイプライン、送電線の建設などが含まれたようである。

 ●北朝鮮の見返りは港の開放

 今回の訪ロには四つの狙いがあるようだ。

 第一に、公約である来年に「強盛大国」の大門を開くためロシアから莫大な経済支援と経済協力を取り付けることにある。食糧、原油、ガスなどのエネルギー支援のほか、現在建設中の軽水炉建設への協力も求めるものとみられる。

 第二に、中国の東北3省(吉林省、黒竜江省、遼寧省)開発のための「超国境経済特区(長春〜吉林〜図們)開発」とロシアの極東開発を羅先自由貿易地帯開発とドッキングさせ共同開発することで、経済再建の展望を開くことにある。

 第三に、仮に先の訪中で中国から最新戦闘機を導入することに失敗したならば、その導入先をロシアに変え、念願のMIG−29戦闘機、もしくはSU−27戦闘機か、S―300迎撃ミサイルの提供を要請するかもしれない。

 来る6か国協議で北朝鮮が核とミサイル開発の凍結、あるいは放棄を表明するにしても、その見返りとしてのこれら最新兵器は北朝鮮にとっては絶対に欠かせないものであるからだ。また、ロシアに人工衛星の代替発射を要請することも考えられる。過去に、ロシア側からテポドン発射中止の交換条件として北朝鮮に打診した経緯があるからだ。

 第四に、80億ドルに上る対ロ債務の全額削減を求めるものとみられる。北朝鮮の債務は1960年代からの発電所など大型プラントの輸入により発生したもので、総額で約38億ルーブル。利息とレート変動幅を考慮して、1ルーブル2ドルを適用した結果、80億ドルとなった。ロシアは大幅な削減に応じているが、全額削減には難色を示していると伝えられている。

 北朝鮮への武器の販売や輸出を禁じた国連制裁決議が撤回されない限り、ロシアからの武器調達は不可能とみられるが、ロシアの協力への北朝鮮の見返りとしては日本海に面した羅津、清津、元山のロシアへの開放が考えられる。

 北朝鮮はすでに羅津港の第3埠頭をロシアに50年間の使用権利を与えているが、元山をソ連海軍の基地として提供するよう可能性もなくはない。ロシアは過去に元山港や南浦港を軍港として使用できるよう北朝鮮に要請したことがあるからだ。

 特にロシア軍にとって南浦港使用は重大な戦略的意味があり、同港をマラッカ海峡と南シナ海をターゲットにしているベトナムのカンラン港の基地と併用することになれば、日米への牽制となる。しかし、ロシアの艦隊が黄海にまで進出すれば、揚子江が完全にソ連の攻撃射程圏に入るため中国との関係上、北朝鮮が南浦港に限っては軍港としてロシアに貸し出すことはなさそうだ。

 今回のロ朝首脳会談では6か国協議が議題となるほか、ロシア側からロシアでの南北首脳会談を打診する可能性もある。というのも、2002年7月に南北同時訪問したイワノフ外相は金大中大統領と金正日総書記に対して第2回南北首脳会談のロシア極東での開催を打診したことがあったからだ。

 当時韓国の国家情報院長だった林東源氏の回顧録(「ピースメイカー」)よれば、金総書記は2001年に韓国を答礼訪問するつもりだったが、2000年暮れの大統領選挙でブッシュ大統領が当選したため、訪韓を断念し、代わりにロシアでの会談を提案していたとのことだ。

 金総書記と2002年4月に会談した林前国家情報院長は金総書記から「ソウルの代わりにロシアのイルクツクで会談し、必要ならば、ロシアの大統領を含めた3国首脳会談を開き、シベリア鉄道との連結問題を協議することを提案したが、金大中大統領がソウルもしくは板門店での会談を逆提案してきたためロシアでの首脳会談が流れた」との話を直接聞いている。

 ロシアが構想するTSRとTKRの鉄道連結プロジェクトもイルクツク〜北朝鮮〜韓国〜日本を連結するパイプラインの建設も南北の関係改善なくして実現は不可能である。

 南北首脳会談は、北朝鮮が李明博政権を相手にしないと宣言したことから李明博大統領任期中は困難とみられているが、誰が相手になるにせよ、次期南北首脳会談の候補地としてロシアが浮上するだろう