2010年6月15日(火)

哨戒艦沈没事件 第2ラウンドの行方

 
1.言論戦

 [韓国の報復措置]

 韓国哨戒艦「天安」の沈没が民軍合同調査団の結果、「北朝鮮の魚雷攻撃による」と断定されたことで李明博大統領は5月24日、以下9項目から成る強硬な内容の談話を発表した。

 ―「天安艦」は北の奇襲魚雷攻撃で沈没した。

 ―北の蛮行には半島の平和を念願し、これまで我慢に我慢を重ねてきた。

 ―北は自らの行為に相応する代価を払わなくてはならない。

 ―北の船舶の韓国領海の通過を今後一切認めない。

 ―南北交流と協力もこれ以上無意味なので、中断する。

 ―北のいかなる挑発も容認せず、積極的な抑止原則を堅持する。

 ―韓国の領海、領空、領土を武力侵犯すれば、即時に自衛権を発動する

 ―国連安保理に(事件を)回付し、国際社会と共に北朝鮮の責任を問う。

 ―北は韓国と国際社会に謝罪し、関連者を即時処罰しなければならない。

 李大統領の談話に対して翌日の25日、北朝鮮も即刻対抗措置を発表した。対南担当機関の祖国平和統一委員会が発表した対抗措置は以下9項目である。

 [北朝鮮の対抗措置}

 ―(李大統領の談話は)戦争も辞さないと公式に宣言したのも同然だ。

 ―韓国当局との全ての関係を断絶する。

 ―李大統領の任期期間は一切の当局間の対話と接触を行わない。

 ―板門店赤十字連絡代表の活動を完全に中止する。

 ―南北間のすべての通信連絡を断絶する

 ―開城工業地区の経済協力協議事務所を撤廃し、韓国関係者を全員追放する、

 ―「対北心理戦」には全面的な反撃を開始する

 ―韓国の船舶と航空機の北朝鮮領海、領空通過を全面禁止する。

 ―今後、南北関係は戦時法に基づいて処理する。

 2.経済戦

 韓国政府は報復措置としてすでに経済交流の中断と北朝鮮艦船の韓国領海からの締め出しを実行している。

 南北経済協力市民団体フォーラムは5月23日に南北交流の全面中断により被る南北の損失を推定した。それによると、北朝鮮の損失は、年平均約3億7千万ドル(約4百億円)。約8万人が失業する。

 韓国の経済的損失は、投資損失も含め年額で約5兆9720億ウォン(約4千6百億円。北朝鮮よりも10倍の損失だ。雇用減少は約29万6千人。

 一方、南北双方の領海。領空出入り禁止措置による経済的損失は、北朝鮮は船舶の済州海峡の通過(昨年は184回)が禁止されたことで、年間1千万ドル(11億円)の損失を被ることになる。

 韓国もまた、航空機及び貨物機が北朝鮮の上空通過(年間135便)が禁止されたことで迂回による燃料費の増加は年間392億ウォン(3億円)と推定されている。北朝鮮のほうが被害は大きい。

 3.軍事対決

 北朝鮮にとって脅威となっている米軍との西海(黄海)での合同軍事演習と拡声器による非難宣伝はまだ実行に移されていない。

 韓国軍は李大統領の談話から3日後の5月27日に黄海(西海)で、北朝鮮潜水艦を想定した爆雷投下や砲撃などの訓練を実施し、31日にも軍事境界線に近い同国北部の江原道華川で陸軍部隊による大規模演習を実施したが、6月7日から予定されていた大規模の米韓合同対潜水艦訓練演習は実施されず、延期されたままである。

 この米韓艦隊合同による対潜水艦訓練には韓国側の要請に応じ、米第7艦隊空母戦団が参加する予定である。米第7艦隊は核搭載航空母艦のジョージワシントン号を先頭に核潜水艦、イージス艦、護衛艦などで編成されている。空母に配備されている戦闘機には各種精密打撃兵器が搭載されており、j−DAMとバンカーバスターと呼ばれるGBU28爆弾は北朝鮮の核施設と長距離砲など軍事施設を破壊する戦略武器である。

 延期されている理由については@米第7艦隊を動員した黄海での海上演習に中国が反対しているためA米軍側の準備が間に合わなかったためBより効果的で内実のある訓練にするため実施時期を調整しているためC国連安保理の討議を最優先させているため―等が囁かれているが、金泰栄(キム・テヨン)国防長官とゲーツ米国防長官とのアジア安全保障会議(6月4〜6日)での会談では6月末か、遅くとも7月初旬に予定どおり実施することで合意している。

 韓国の張光一(チャン・グァンイル)国防部政策室長は「訓練は2週間程度延期されるが、訓練規模に変化はない。日程を延期したのは、訓練を意味のあるものにするためだ。米空母も参加することになるだろう」と語っている。

 4.心理戦

 韓国国防部は5月24日、「2週間で拡声器を設置し、非難宣伝を再開する」と息巻いていたが、6月6日までの2週間の間に予定の94か所のうちどこにも設置されてなかった。FM放送だけが速やかに再開されたが、ラジオがなければ、傍受できないので効果は限定されている。その後、拡声器については6月9日までに11か所で設置されていることが判明した。

 設置工事は6月7日から9日にかけて北朝鮮に発覚されないよう深夜に行われ、北朝鮮の銃撃に備え、第一、第三軍団に非常警戒態勢を発令していた。韓国軍は、拡声器を今後更に約30か所に設置する予定だが、放送開始時期は「周辺状況を判断して決定する」とスタンバイの状態にある。

 ビラの散布もこれまた「総合的な状況を考慮し、適切な施行時期を選択する」と説明している。ビラについては当初は気候を理由にしていたが、今では「周辺状況の考慮」に取って代わっている。

 この他に韓国軍当局は心理戦の手段として超大型宣伝電光掲示板を10箇所に設置することを検討していたが、まだ1台も設置されていない。

 心理戦の延期理由について金泰栄国防長官は6月11日、「米国などからも国連安保理措置が終わった後にやったほうが良いというので、保留している」と語っているが、電光掲示板の設置については13億〜15億ウォンと経費がかかるので再検討しているとの財政的理由が上げられているが、北朝鮮との全面的な軍事衝突の懸念を憂慮し、慎重を期しているのが、真の理由のようだ。

 北朝鮮は拡声器放送再開を決定した5月24日の韓国国防長官の発表を受け、人民軍前線中部地区司令官の声明を通じ「南朝鮮(韓国)が対北心理放送を再開すれば、拡声器などに照準射撃をする」と威嚇していた。

 また、人民軍総参謀部も6月12日に「重大布告」を発表し、「警告したとおり、全前線で反共和国心理戦手段を跡形もなく清算するため全面的な軍事打撃行動に入る」と警告していた。16年ぶりに「ソウルを火の海にする」という表現まで使い反発した。

 このため韓国がこのまま非難宣伝を強行すれば、武力衝突は避けられないと判断し、韓国側は拡声器や電光掲示板、ビラなどを使った心理戦を見送る方針のようだ。

 韓国軍は民軍合同調査団が北朝鮮の犯行と断定したのに伴い、強硬な対応措置として大々的に発表したのが対北拡声器放送と宣伝ビラの散布だった。また、北朝鮮の「ソウル火の海発言」の「脅し」に対しても韓国合同参謀本部は6月13日、「北朝鮮が1発撃てば、我々は3発、またはそれ以上の対応射撃を行い、状況次第では歩哨まで撃破する」と豪語していた。

 しかし、蓋を開けてみると、皮肉なことに、戦争の脅しをかけた北朝鮮の「心理戦」に韓国が屈した形となってしまった。

 5.国連外交戦

 李明博大統領はシンガポールで開かれたアジア安全保障会議での演説(6月4日)で哨戒艦沈没事件を国連安保理に正式に提起したと発表した。

 李大統領は「(事件は)北東アジア全体の平和と安定だけでなく、世界平和に対する重大な脅威」と強調し、さらに「過ちを黙認すれば北はまた挑発を繰り返す。自ら過ちを認めて再発防止を確約することが必要だ」と主張した。

 李大統領の談話に対して北朝鮮外務省は同日「国連安保理が韓国の一方的調査結果を認め、議論を強行すれば超強硬的な対応を取る」と発表。6日には祖国平和統一委員会が「我慢ならぬ挑発である」との談話を発表し、報復を示唆した。

 制裁決議案も非難決議案も5か国の常任理事国から反対が出ないこと、さらに常任理事国を含め15か国のうち9か国の支持があれば、採択される。しかし、当初制裁決議を求めていた韓国は拒否権を持つ中国が慎重な姿勢を崩さないことから制裁決議から非難声明に方針を切り替えたとされる。

 韓国はすでに3年前の核実験の際の制裁決議1874号と昨年の二度目の核実験で採択された1874号があるので、新たな制裁決議は求めないとして、非難決議に切り替え、外務次官を北京に派遣し、中国に同調を求めたが、説得に失敗し、現状では議長声明もやむを得ないとの立場のようだ。

 米国も決議の採択は無理と判断したようだ。そのことはゲーツ米国防長官の口からも明らかだ。

 韓国の金国防長官と会談を終えたゲーツ長官は6月4日、「韓国は朝鮮半島での緊張激化を憂慮し、全面的な対北決議を推進しないことを明らかにした」と、ロイター通信が伝えていた。ゲーツ長官は「韓国が決議案を推進しないからといって北朝鮮の挑発の本質を我々が正しく認識していないということではない。(北朝鮮への圧迫がもたらす)追加的な不安定と挑発が誘発する憂慮を解消するためと考えている」と、決議から声明に変えた理由を説明していた。北朝鮮が6月4日に「安保理に回付した場合、超強硬な対応を取る」ことを示唆したことで米韓両国は半島の緊張が高まることを憂慮したようだ。

 国務省のフィリップ・クローリー次官補も6月7日「この種の挑発と安保に対する脅威は容認できないことを北朝鮮にはっきり知らしめる国連の強力な声明が適切な時期にあるのを期待している」と語った。「強力な声明」との表現を使ったことで、米韓両国が今回は、法的拘束力のない議長声明を推進することで合意したようだ。

 国連安保理は6月14日から哨戒艦事件を非公式に取り上げることになった。当面、民軍合同調査団から事件に関するブリーフィングを受け、合わせて北朝鮮からも「弁明」を聞くことにする。北朝鮮外務省が安保理に理事会にこの問題が提起される場合、被害当事者である北朝鮮がすでに提起した国防委員会検閲団を韓国側に受け入れさせるよう求めると主張しているからである。

 南北の説明を聞いたうえで、安保理はこの問題での対応を公式に協議するかどうかを決めることになるが、中国が容認しない限り、安保理での討議は困難である。

 その中国は、朝鮮半島の緊張を高めることには反対との立場から国連安保理での討議には慎重な姿勢を崩していないが、仮に議長声明になった場合、韓国としては、北朝鮮の犯行と非難の文言は何が何でも挿入したいところだ。

 韓国は1999年の北朝鮮潜水艦浸透事件でも安保理に提訴したが、12日後に採択されたのは決議でなく、議長声明、それも北朝鮮の侵犯行為を糾弾できず、事件に対する単なる憂慮と、停戦協定の維持の必要性が盛り込まれただけだった。言わば、抽象的な灰色決着に終わった。

 同じようなことが繰り返されるかもしれない