2008年7月22日(火)

「金剛山観光客射殺事件」の謎

 北朝鮮の観光名勝地、金剛山で起きた韓国人女性観光客射殺事件は発生(7月11日)から10日過ぎても、真相は藪の中だ。北朝鮮が韓国側の調査団派遣や南北合同調査による真相究明を拒んでいることが原因だ。事件発生から現在まで解明された疑問と今なお、未解明の問題には以下のようなものがある。

 ▲解明された疑問

 @ 被害者のパク・ワンジャさんが午前4時半ごろ1人で散歩に出た謎

 当日は日の出の時間が早朝5時〜5時10分頃でした。おそらく日の出を見るために海辺に散歩に出たのではないかと推測される。

 A 立ち入り禁止地域の北朝鮮側軍事保護施設地域に入った謎

 観光統制区域と軍事保護施設区域を仕切っている緑色の鉄製フェンスに「立ち入り禁止」の看板がなかったこと、被害者が韓国の観光会社から事前レクチャーを受けていなかったこと、さらには早朝時間帯に監視員が不在であったことから、知らないまま、あるいは好奇心から日の出がよく見られる穴場を求め入った可能性が考えられる。

 B 3メートルの高さの鉄製フェンスを50代中年の女性が越えるのは無理との謎

 フェンスは海岸まで張られてはおらず、海岸から30メートル手前の所で途切れていた。フェンスの横は高さ約1メートルぐらいの上りの砂丘になっており、被害者がここを上がって、立ち入り禁止地域に入ってしまったようだ。

 C 宿舎を出て、射殺されるまでの3.3kmを50代の女性が20分で歩行できるかとの謎。

 当初、ホテルに備え付けられていた監視カメラで確認されたところ被害者のホテル出発時刻は午前4時30分。ホテルからフェンスまでの距離は1.1kmです。北朝鮮側の当初の説明だと、「女性はフェンスから1.2kmまで入ってきたので、制止を命じたが、1kmほど逃亡したため発砲した」そうだ。その結果「4時50分頃、フェンスから200メートル手前で銃撃した」とのこと。

 「20分の短い時間で足を取られやすい砂浜を3.3キロも進んだことになる。移動速度は時速9.9キロということだ。健康な若者が平地で非常に速いペースでジョギングを行ったとしても時速8キロから9キロだから、北朝鮮の言い分は話にならない」(朝鮮日報)というのが、韓国側の見方だ。

 しかし、その後、韓国側がホテル内監視カメラの映像を確認した結果、カメラの時間設定ミスにより時計が13分進んでいたことがわかった。被害者が宿泊先のホテルを出た時刻は、当初伝えられた時刻よりも13分早い午前4時18分と確認された。20分でなく、33分ならば、移動可能な距離だ。

 加えて、北朝鮮側は「朝鮮人民軍の調査報告」として北朝鮮側警備兵が被害者を最初に目撃した地点をフェンスから1.2kmではなく、800メートル、倒れた地点もフェンスから300メートルと修正した。北朝鮮の発表とおりならば、被害者は33分で約2.4kmを歩いた計算になる。

 ▲未解明の問題

 @ 警告発砲をしたのか?

 北朝鮮は当初「1発警告発射した後、2発発射した」と説明していたが、2度目の説明(朝鮮人民軍の調査報告)では「動けば撃つ」と3度にわたり制止したが、パクさんが逃げたため「空砲弾1発、照準射撃3発を撃った」と修正した。しかし、事件当時、現場付近にいた複数の韓国観光客は「銃声は2発しか聞こえなかった」と証言している。

 被害者の胸と尻に2発命中しているので、こればかりは辻褄を合わしようがなかったものと思われる。

 A発砲した時刻は何時か?

 北朝鮮は当初は発砲時刻を4時50分としていましたが、その後、4時55〜5時頃と訂正した。

 しかし、現場近くにいた観光客は「2発の銃声を聞いたのは、5時15分〜20分の間」と証言している。

 また、この証言を裏付けるものとして、他の観光客が撮った写真がある。午前5時3分と日付が印字された1枚目の写真には事件の目撃者である学生の姿が写っていた。2枚目の写真は5時13分に撮られ、そして3枚目は5時16分に撮ったもので「3枚目の撮影直後に銃声2発が10秒間隔で聞こえた」と証言している。

 これは5時15分から20分ごろの間に2発の銃声を聞いたという他の観光客との証言ともほぼ一致している。「4時55〜5時頃に撃たれた」とする北朝鮮側の主張とは明らかに食い違っている。

 B 至近距離から撃ったのか?

 警備兵らが所持している小銃は射程距離300〜400メートル。2発撃って、2発命中したことから、射撃の腕前がよいのか、それとも至近距離で撃ったから命中したのか、不明だ。韓国側の遺体の検死結果でも射程距離はわからなかった。

 その後、北朝鮮は「3発撃った」と訂正した。ということは1発外したことになる。「100発100中」であると宣伝してきた北朝鮮としては珍しことだ。至近距離で撃ったのではないことの立証、あるいはアリバイつくりとして「異例の発表」をしたのかもしれない。

 C 被害者が観光客であることがわからなかったのか?

 北朝鮮は「この接近者が誰か把握できない状況にあった」と説明しているが、当日の日の出時間は5時〜5時10分頃で、視界は十分だった。

 また、先の銃撃直前に撮影された3枚目の写真を見ると、海水浴場一帯は明るく、北朝鮮軍の警備兵も被害者の姿を十分に見分けることができたはずだ。

 D 韓国への通告がなぜ4時間も遅れたのか?

 北朝鮮が韓国に事件を通報したのは発生から4時間以上経過した9時20分頃。北朝鮮は「女性は観光客と確認できる身分証を持っていなかった」ことから観光客だとわかるまで「確認に時間がかかったため」と説明しているが、身なりを見れば一目で韓国人であることは確認できたはずだ。要は「観光客」でなく、「スパイ」と疑ったためなのか、あるいは誤って観光客を撃ってしまったことの事態収拾、事後処理のために時間を要したのか、どちらかだ。

 E 北朝鮮はどうしてフェンスに取り付けてある監視ビデオカメラを提出しないのか?

 フェンスには韓国の観光窓口である現代峨山がフェンス上に設置した監視カメラが作動している。映像をチェックすれば、被害者のフェンス通過時間を含めて真相の一端が解明される。ところが、北朝鮮は「監視カメラは作動してなかった」として、現代峨山の提出要求を拒んでいる。

 F 17歳の女性兵士が本当に発見して、最初に撃ったのか?

 最新情報では被害者が北朝鮮の歩哨所2か所を通ったところで、2番目の歩哨所にいた17歳の女性兵士が被害者に気づき、制止を命じるため1発空砲弾を撃ったところ、他の歩哨所にいた軍人らが驚いて逃げる被害者に3発の実弾を撃ったと言われている。

 経験未熟な女性兵士が柔軟に対応できず、軍規にあまりにも忠実に従った結果、このような事件が起きたということを言わんとする情報のようだ。しかし、韓国では「前線に17歳の女性を、それも新米兵士を配備するか」との疑問が出ている。

 脱北した元北朝鮮警備兵らの証言では前線に配備されている女性兵士は看護婦や通信員らに限られており、歩哨には立っていないとのことだ。こうした疑問から韓国では「17歳女性兵士の発砲説」は偶発性を装うための作り事と懐疑的だ。

 韓国側は被害者が観光統制区域から外れ、北朝鮮の軍事保護区域に誤って入ってしまった落ち度があったにせよ、無抵抗の女性を射殺することはないと北朝鮮警備兵の過剰反応を批判している。

 被害者が警備兵の制止を聞かず、逃走したとしても視界的に韓国人観光客であり、武装していない普通の女性であることが目視できたはずで、従って発砲せずに身柄を拘束するとか、あるいは軍事保護施設から追い出すような措置を取って然るべきというのが韓国側の立場だ。

 韓国のメディアの中には、今回の射殺事件は、偶発的に起きたのではなく、韓国人観光客であることを承知の上で、李明博政権との対決を煽る上で北朝鮮軍が命令して故意に撃った可能性が否定できないとの見方も出ている。