2011年5月9日(月)
「斎木発言」は不問!?
連休中の3日に米紙ニューヨーク・タイムズが内部告発サイト「ウィキリークス」を基に伝えた拉致問題に関する報道には少々驚かされた。
日本政府の高官が「拉致被害者の一部は北朝鮮に殺害され、一部は生存している」と米国に説明していたとする在日米大使館発の米政府の公電が公開されたからだ。なんと、この日本政府高官が拉致被害者家族連絡会(家族会)の信頼の厚い斎木昭隆・前アジア大洋州局長(現インド大使)と知って二重に驚いた。
公電によると、斎木氏は局長当時の2009年9月18日にキャンベル米国務次官補と東京で会談した際に語ったようで、本人は知ってか知らぬか、この会談記録が3日後の21日には公電でワシントンに打電されていたそうだ。
評論家の田原総一朗氏が09年4月24日にテレビの生番組で拉致問題に触れた際「北朝鮮が死亡したと主張している8人は、実は外務省側も死亡していることを知っている」と発言したことに「家族会」が「家族の気持ちを踏みにじるもの」と激怒し、有本恵子さんのご両親が田原氏を提訴したのは周知の事実である。
今回は、一介の評論家ではなく、外交官、それも、拉致問題担当の交渉責任者が言った言わないの「発言」である。当然、「問題発言」と反発すると思いきや、どうやら不問にするようだ。
田原氏と違い、当の斎木氏が「発言した事実は全くない」と発言そのものを否定し、また後任の杉山晋輔・現アジア太平洋州局長も家族会に対して、インド大使である斎木氏からの伝言として「そのような話しはしていない」と伝えたことで納得でもしたのだろうか。でも、常識に考えて、「そのように話しました」とは言うはずもなく、否定するのは当然だろう。
斎木氏が「そのような発言をした事実は全くない」ことが事実なら、在日米大使館がありもしない話をでっち上げ、打電したことになる。ならば、外務省は米大使館に抗議してしかるべきだろうが、外務省は「ウィキリークス」の件では基本的に「コメントしない」ことにしているので、この件でも無視するのではないだろうか。
しかし、当時キャンペラ国務次官補が来日し、18日には東京に滞在し、斎木氏と会談していたのは間違いないわけだから、「家族会」や拉致救出議員連盟は事の真相を究明すべきではないだろうか。というのも、仮に「斉木発言」が事実なら、「田原発言」の一部とクロスしているような感じがしてならないからだ。
当時中曽根弘文外相は田原氏の発言に対して、「大変遺憾で非常に誤解を与える発言だ。外務省は安否不明の拉致被害者はすべて生存しているとの立場、前提に立っている。田原氏の発言はまったくの誤りで残念に思う。一日も早い拉致被害者の帰国に努力している人たちに失礼な話だ」と発言していたが、その「誤解を与える、失礼な話」を、それも外務省の公式見解に背反する発言を外務省の高官がやっていたとすれば、これは大問題ではないだろうか。
民主党の有田芳生参議員はツイッター(5日)の中で斎木氏を「日本に呼び寄せるべし」と語っていたが、同感だ。一時、帰任させ、家族会の方々の前でちゃんと説明すべきだろう。
斎木氏は、アジア太平洋州局審議官を経て、2006年から1年間年駐米公使として赴任し、2007年にアジア大洋州局長に昇進し、3年以上も拉致問題や核問題に従事してきた。この間、米国の北朝鮮担当官らとも接触し、拉致問題や核問題協議を重ねてきた。そこで、米国の官吏らの発言をチェックすると、何を根拠にしてそこまで言えるのか、家族会にとっては随分と気になる発言をしていた。
例えば、ブッシュ政権下ではヒル米国務次官補が2007年3月28日、下院外交委員会の公聴会で「(拉致問題の)解決は、愛する者を失った家族にとって幸せでないケースもあるだろうが、家族は何があったのか説明を受ける権利がある」と発言していた。
また、前任者のケリー前米国務次官補も同年4月に日本のメディアとのインタビューで「北朝鮮の核の脅威に最もさらされているのは韓国でもなく、中国でもなく、日本だという現実も直視する必要がある。非核化の実現には日本の貢献が欠かせないだけに、拉致問題で日本の政治家が厳しい決断を迫られる時期が来るかもしれない」と語っていた。
さらに、クリントン政権当時の前国務省北朝鮮担当官だったケニス・キノネス氏も同年9月に韓国のメディアとのインタビューで「私は北朝鮮が日本に解放する拉致被害者がこれ以上いるとは思わない」と語っていた。
評論家など民間人の発言ならば、無視もできるが、元高官の発言となると、何を根拠にそこまで言い切るのか、考えてしまう。
昨日、拉致被害者家族会や拉致救出議員連盟などの主催による「北朝鮮による拉致被害者救出を訴える集会」が都内で開かれ、拉致被害者や特定失踪者に対する政府による拉致認定が遅れていることへの批判が相次いだそうだが、併せて「斎木発言」を追及する声が出ても良さそうなものだが、不思議だ。