2011年11月21日(月)

収束しない「めぐみさん名簿」の余波

 横田めぐみさんの安否に関する例の「週刊朝鮮」の「平壌市民台帳」はその後も尾を引いているようだ。

 読売新聞が19日(土曜)付けで遅まきながら「横田めぐみさん情報、娘の生年月日や夫の名一致した」として以下の内容の記事を載せていた。

 「日本政府が入手した拉致被害者の横田めぐみさんとの関連性が指摘される平壌市民の女性の個人情報は、女性の夫の氏名と生年月日、娘の生年月日が、横田さんの夫とされる男性や娘とそれぞれ一致していることが18日、分かった。政府関係者によると、データは、北朝鮮当局が2005年に作成したとされる約200万人分の市民の個人情報で、氏名と生年月日、血液型などが記載されている。この中に、横田さんと同じ生年月日の女性がいた。名前は『ハン・ソンエ』で、横田さんの北朝鮮名『リュ・ミョンスク』や血液型が異なっていた。しかし、この女性の夫の氏名は『キム・ヨンナム』で、横田さんの夫とされる金英男(キム・ヨンナム)さんと同じだった。生年月日も一致していた。娘についても、横田さんの娘キム・ヘギョンさんと生年月日が一致していた」

 この話が日本で最初に伝わったのが毎日新聞のソウル発で確か、11月6日付であった。読売新聞はおよそ2週間遅れで後追いしたわけだが、その割には新たな事実は何一つなかった。今頃、何で記事にしたのか不思議だ。

 「読売新聞」がこのブログで再三指摘している以下のような疑問を列挙した記事を載せたなら、まだ理解もできるが、そうでもない。

 参考までに「ハン・ソンエ」なる女性が横田めぐみさんである可能性が低い根拠を以下列挙してみる。

 ●生年月日が同じ人物は「ハン・ソンエ」以外に名簿には90人もいる。

 ●そもそも朝鮮名が異なる。めぐみさんの朝鮮名は「リュ・ミョンスク」「リュ・オッキ」「リュ・ヘオク」である。身元を隠す必要性があっても過去の例からして苗字は変えず、名前だけを変えて記載してしかるべきである。姓名を完全に変えることでカモフラージュする必要性があるならば、序でに生年月日も変えてしかるべきである。

 ●血液型も異なる。「ハン」はA型、めぐみさんはB型である。

 ●「ハン」の配偶者とされる「キム・ヨンナム」という名前は朝鮮半島ではありふれた名前である。それと、妻の「ハン・ソンエ」の生年月日と血液が記されていて「キム・ヨンナム」の生年月日と血液型が記されてないのは極めて不自然だ。「ハン・ソンエ」と「キム・ヨンナム」の結婚年月日が「1987年2月15日」と記されているが、めぐみさんが結婚した年は「1986年8月13日」である。

 ●「ハン」の娘とされる「キム・ウンギョン」の生年月日(1987年10月25日)がめぐみさんの娘さんとは異なる。めぐみさんの娘さんは1987年9月13日である。名前と大学まで正確に記入しておきながら、肝心要の生年月日を間違えることはありえない。普通の文書とはわけが違う。

 ●「ハン」の娘の出生地は「(平壌市)中区域チャングァン洞」と記されていたが、めぐみさんの娘さんは順安区域太陽里(テヤンリ)で生まれている。明らかに出生地が異なる。

 日本に帰国している拉致被害者の蓮池、地村夫妻らは1986年に平壌南東から車で1時間ほど入った農村地帯の中和郡忠龍里(チュンヨンリ)を離れ、順安区域太陽里に移っているが、蓮池、地村夫妻の証言によれば、めぐみさんも1986年8月に順安区域の太陽里の招待所に引越ししてきている。そして、ここで翌年の1987年9月13日に「ウンギョン」さんを出産している。そのことについては「赤ちゃんが生まれたときは皆でお祝いした。夫の「キム・チョルジュン(キム・ヨンナムさんの仮名)」さんと生まれたばかりの赤ちゃんを乗せたベビーカーを押して一緒に散歩していた」との蓮池、地村夫妻らが証言していることから間違いない。

 ●日本人が集中的に暮らしている平壌市大城区域ミサン洞に住所があったが、めぐみさん親子があれだけ騒がれたのに隔離された場所でなく、公然と人目に付く場所で暮らことはできない。夫の「キム・ヨンナム」さんは特殊工作機関で働いているわけだから、なおさらのことである。

 ●めぐみさんだけが住民登録されていて、有本恵子さんら政府が認定したその他の安否不明者がこのリストに載ってないのも極めて不自然だ。

 「読売」の他に先週末にはもう一つ気になる記事があった。「産経新聞」の18日付と20日付の記事だ。

 「産経」(18日付)によると、「週刊朝鮮」がスクープしたこの平壌の住民情報資料を日本政府が約1年前にすでに入手していたというのだ。本当だろうか?

 事実ならば、日本政府が駐韓大使館を通じて「週刊朝鮮」に資料の提供を要請したという事実をどう受け止めれば良いのだろうか?また、事実ならば、1年近くもなぜ伏せていたのだろうか?また1年も経ったわけだから、当然検証も終わっているはずだ。ならば、今回、大騒動になったことに一言あっても良いはずだ。

 記事では「日本政府の入手資料は、北朝鮮の公安機関、国家安全保衛部作成とされる平壌在住の17歳以上の電子情報。入手後の解析作業でデータに改竄(かいざん)はないと確認している」と書かれている。

 入手後に改竄はないとのことだが、「週刊朝鮮」が公表したデーターをよくみると、「ハン・ソンエ」や「キム・ウンギョン」など生年月日は「05−0ct―64」「25−0ct−87」と月についてはいずれも英語で表記されていた。住民票の発給年月日も、月は英語表記であった。「キム・ヨンナム」含めて他の登録者も同様だ。だが、北朝鮮では英語表記が使われることはまずない。「週刊朝鮮」が韓国式に改竄した可能性は否定できない。

 もう一つ、「産経」は20日付の続報でこのデータについて、「昨夏以降、韓国ソウル市内の日韓情報関係者に『3億円で買い取らないか』などと持ちかけられていたことが19日、複数の関係者への取材で分かった」と書いていたが、「買わないか」と持ちかけられた日韓関係者が数人いたとしながら、持ちかけた人間については「ルートは複数あり、韓国人や脱北者がデータの購入を持ちかけた」として、人物を特定できないでいる。

 そして、記事の最後に「北朝鮮は金正日体制の威信をかけた『金日成生誕100年行事』を来春に控えており、一連の情報流出は『日本からの支援を引き出すための対話再開に向けた、北朝鮮側の対日政治工作ではないか』との見方もある」と締めくくっている。

 名簿の流出はおそらく流出に関わった者の金銭目的にあると察するが、「北朝鮮側の対日政治工作ではないか」とはいかにも「産経」らしい。

 「ハン・ソンエ」なる女性が本当に横田めぐみさんなら北朝鮮にとっては明らかに漏洩されてはならない「機密資料」「証拠資料」となる。

 「百害あって一利なし」の「機密資料」の流出でどうして日本からの支援を引き出すための対話再開が可能なのだろうか?どう考えても、合点がいかない。