2008年8月14日(木)

日朝協議に「密約」はないのか

 中国・瀋陽での日朝協議は、拉致問題に関する再調査での日本の要求がほぼ受け入れられ、合意に達した。

 外務省の発表では、今回実施される再調査は、@生存者を発見し、帰国させるための、拉致被害者に関する全面調査となるA調査対象は、政府認定の12人の拉致被害者と「その他に提起された行方不明者」を含むすべての拉致被害者とするB調査は、権限が与えられた調査委員会によって迅速に行なわれ、可能な限り秋には終了するC調査の進捗過程を随時日本側に通報し、協議を行い、生存者が発見される場合には知らせるD日本側が関係者との面談、関係資料の共有、関係場所への訪問などを行い、調査結果を直接確認できるの5項目から成っている。

 砕いて言うならば、@これまでの「8人死亡、4人未入国」という調査結果を白紙に戻して、再調査を行ない、必ず拉致被害者を探し出すA発見された「特定失踪者」やその他の行方不明者はいずれも拉致被害者であるB調査委員会は人民保安省(日本の警察)よりも権威ある機関(党の機関か国家安全保衛部など)が行い、2〜3ヶ月で終え、核合意の第2段階終了時の10月30日までに間に合わせるC生存者は、最終調査結果として発表するのではなく、見つかればその都度日本側に知らせるD調査の結果、死亡ということならば、日本側に検証、確認させるというふうに解釈できる。

 北朝鮮が再調査の前提(生存者の発見)と方式を受け入れたことへの見返りとして日本は制裁の一部解除を前倒しして、再調査の開始(調査委員会の立ち上げ)と同時に3枚ある制裁カードのうちの二枚(人的往来の規制とチャーター便の乗り入れ規制の解除)を切ることにした。

 日本政府は当初、再調査開始時に人的往来の規制だけを解除し、チャーター便は再調査で進展があった場合に許可し、日本の納得する形で再調査が終了した暁に人道支援物資輸送に限定した船舶の入港規制を解除する方針だった。3段階解除方式から2段階に変えただけで北朝鮮が上記のような再調査の実施に同意したわけですから御の字だ。高村外相が「前進」と評価し、拉致被害者家族会の前代表の横田滋さんも前倒しの制裁解除には異議を唱えたものの「具体的な方法が決まったのは良かった」と感想を述べたのもある意味では当然だ。

 前回の協議で合意していた「よど号」関係者の引き渡しと船舶の入港については、「今後改めて協議することになった」と棚上げにされたが、今回の協議が深夜まで長引いた理由の一つは、この船舶入港問題での対立があったのかもしれない。

 日本の制裁の中で北朝鮮が規制解除を求めた最優先事項は、船舶入港です。食糧、医薬品などモノ不足に喘ぐ北朝鮮には日本からの人道支援は急務だ。しかし、拉致問題に比べると、「99対1」(高村外相)程度の比重しかない「よど号」問題で日本が早期引き渡しを急いでいないことや、北朝鮮船舶入港には拉致被害者家族会や世論の反発があることから再調査開始と同時に解除というわけにはいかなかったようだ。しかし、北朝鮮が折れたところをみると、再調査後の適切な時期(よど号犯の引き渡し時)に解除ということで合意をみたのだろう。

 拉致問題に限った「取引」をみる限り、北朝鮮にとってはメリットの乏しい、人的往来とチャーター便の規制解除だけで日本の求める条件を呑んだことになる。これまでの強かな交渉術からはとても理解できない。そこで、拉致問題での制裁解除以外の何らかの約束があったものと推測される。

 日朝協議に関しては日本では拉致問題に関する議論しかクローズアップされていないが、周知のように日朝協議の一貫した議題は、「拉致問題」と「過去の清算問題」の2本。「拉致問題」では日本が、「過去の清算問題」では北朝鮮が善処、解決を求めている。「拉致問題」で合意があったということは当然「過去の清算問題」でも何らかの合意があったとしても不思議ではない。

 日本の外務省の発表では、「過去の清算問題」では日本から「不幸な過去を清算して国交を正常化するとの立場が説明された」こと、これに対して北朝鮮側から「朝鮮総連の弾圧や我が国による北朝鮮に対する措置への批判があった」と一言触れていただけだ。二日間にわたって拉致と同じぐらい時間を割いて論議されているはずならばもう少し詳しい説明があってしかるべきだ。

 北朝鮮の発表を検証すると、日本の外務省の発表にはない以下のことが確認されていた。@今回の会談では日朝間の全般的な問題が話し合われ、その結果、平壌宣言に則り不幸な過去を清算し、懸案事項を解決するための精力的な合意を通じて具体的な行動を実施するA双方はそれぞれの関心事項に関する関係改善の見地から協議し、誠実に努力するB日本側は日朝関係改善雰囲気造成の措置を取る――の3点だ。

 日本が拉致問題で「前向きな対応」を求めたならば、同様に北朝鮮も「過去の清算問題」で日本に「前向きの対応」を促したはずだ。北朝鮮が再調査という「具体的な行動」で応えたならば、日本も「過去の清算問題」で「具体的な行動」を取らざるを得ないのが高村外相が言うところの「行動対行動」の原則だ。また、日本が検証を要求すれば、北朝鮮も当然、過去の清算問題での合意事項の検証を求めたはずだ。

 日本は過去の清算は経済協力という形で償い、その経済協力は国交正常化後に行なうというのが基本方針だが、北朝鮮は過去の清算は経済協力とは別個の問題なので、国交正常化前でも行なうべきという立場から、日朝協議では人道支援を要求し、また在日朝鮮人の問題を取り上げている。具体的には食糧・医療支援の再開、在朝被爆者への援護問題、在日朝鮮人の問題として朝鮮総連の本部競売問題などでの善処を求めている。

 「過去の清算問題」での北朝鮮の要求に日本がどう応じたのか、北朝鮮が「合意に反したり、合意内容とは違った方向に向かうならば、交渉は決裂し、必要な措置を取る」(宋日昊国交正常化交渉担当大使)と「警告」していただけに、日朝協議に「伏せられた合意」があるのか知りたいところだ。