2008年8月26日(火)

一連の新聞報道と「再調査」をめぐる日本の見解不一致

 拉致被害者の再調査と制裁の一部解除で合意した日朝北京協議(8月11−12日)から2週間経過したが、毎日新聞(8月23日付)は北朝鮮が約束した再調査について「月内にも開始される見通しが強まった」と伝えている。ところが、町村信孝官房長官は2日後の25日の記者会見で再調査開始時期について「今のところ、(北朝鮮からは)連絡はない」とコメントしていた。

 「月内開始説」の理由については「毎日」は「米国のテロ支援国指定解除を実現させるため」と米国絡みを挙げているが、9月9日の建国60周年に渡航を規制されていた朝鮮総連の幹部を招くためには北朝鮮としても今月中には再調査委員会を立ち上げ、日本側に通告する必要がある。従って、おそらく近々北朝鮮から連絡があるものと推察される。

 今回の再調査は「生存者発見」を前提としているというのが拉致被害者家族会への日本政府の説明だ。日朝協議終了後、斎木昭隆外務省アジア太平洋州局長は「生きている方たちを探し出して帰国につなげていくための調査だ。それについては先方も一致した認識だ」と言っていた。外務省の公式サイトにも「北朝鮮が行う調査は、拉致問題の解決に向けた具体的行動をとるため、すなわち生存者を発見し帰国させるための、拉致被害者に関する全面的な調査となる」と明記されている。

 ところが、東京新聞(8月24日付)によると、日朝協議の場で過去に行った「8人死亡、4人未入国」の再調査内容を白紙に戻すよう求めたのに対し北朝鮮側はこれを拒否したとのことだ。同紙は、それにもかわらず日本側は「首相官邸の意向で合意を優先させた」と、日朝関係筋の言葉を引用して伝えていた。これが事実ならば、政府は嘘をついていたことになる。

 北朝鮮サイドの情報では、斎木局長の強い要請に宋日昊大使は「生存していれば、必ず見つけ出して、帰国させるが、調査してみなければ生きているのか、死んでいるのかわからないのに調査する前から『生存者を発見する』と約束することはできない」と日本の「前提条件」に反発、拒絶したそうだ。従って、北朝鮮が約束したのは「もう一度全面的な調査を行ない、生存者がいれば必ず探し出す」ということのようだ。

 「東京」の報道について町村官房長官は「そういう報道は承知していない」と断ったうえで「生存者を見つけて、帰国をさせると。あるいは、万が一、生存していない方があるならばそれはどういう状態なのかを調査する。これが再調査の目的であることははっきりしている」と答えていた。「万が一、生存していない方があるならば」と言ったところをみると、日朝で合意した「検証」は死亡者を対象としていることが明らかだ。これを一つとっても、二度にわたって「死亡」と通告された8人の被害者が「生存者」として発見される保障がどこにもないことがわかる。

 日本の制裁解除の時期についても政府内で見解の不一致がみられる。

 外務省は日朝合意について「北朝鮮側が今後、再調査を開始することと同時に日本側も人的往来の規制解除及び航空チャーター便の規制解除を実施する用意がある旨表明した」とサイトに載せている。斎木局長も「調査委員会が立ち上がったことで先方は調査を開始したと位置づけるから、そういう認識で日本側としても行動をとることになる」と再調査開始と同時の制裁解除を示唆していた。

 しかし、拉致問題担当相の中山恭子さんは8月24日、富山で「北朝鮮が調査を開始して、即(日本が)制裁解除するということにはならない。調査の中身がはっきりしない限り、通報を受け入れて制裁を解除することはあってはならない」と述べていた。中山大臣の発言は明らかに外務省の公式見解とは食い違っている。

 その中山大臣ですが、読売新聞(8月21日付)によると、拉致問題の解決に向け、中国政府に協力を要請するため近々訪中するようだ。北朝鮮が拉致被害者の再調査に関し具体的な成果を出すよう、中国政府に北朝鮮への働きかけを求めるのが目的のようだが、実現すれば、昨年5月に続く訪中となる。しかし、7月のサミットで福田総理が自ら中国の胡錦涛主席に協力を要請したばかりだ。中山大臣が今直ぐに中国にまで行って、働きかけなければならない緊急性はない。

 実は、中山大臣は「読売」の報道の前日(20日)に福田総理から夫の中山成淋元文科相と揃って公邸に招かれ、食事を共にしている。その際福田総理から拉致の進捗状況次第では平壌に行くよう要請されている。ところが、奇遇にもこの日(8月20日)、自民党の山崎拓前副総裁が北京の北朝鮮大使館を訪れ、北朝鮮高官と会い、核問題や日本人拉致被害者の再調査について意見交換している。

 山崎氏の動きが個人プレーなのか、それとも福田総理の意向を受けたものかは定かではないが、政府間協議が進展し、曲がりなりにも再調査で日朝合意を見た今、議員外交の切迫性もないだけに山崎氏の行動も奇異に感じられて仕方ない。

 中山大臣の訪中の動きが、煙たい存在の山崎議員を牽制することにあるのか、それとも文字通り中国政府に協力を要請するためなのか、あるいは来るべき訪朝準備のためのものなのか、不可解なことばかりだ。