2008年9月2日(火)

福田総理辞任で再調査の行方は?

 福田康夫総理が突如辞意を表明した。「私の手で拉致問題を解決する」との決意を表明していた福田総理の辞任は拉致問題に少なからぬ影響を与えそうだ。当面、8月の瀋陽での日朝協議で拉致被害者の再調査を約束した北朝鮮がどう出るのか、担当部署の外務省も拉致被害者家族も気がきではない。

 米国がテロ支援国指定を解除しなかったことに反発して、北朝鮮が8月26日に核無能力化作業の中断を発表した際には、日本政府は「直接的にリンクする話ではない」(町村信孝官房長官)と冷静さを装ったものの、北朝鮮が日本との協議再開に応じ、再調査を承諾したのは、米国との関係を進展させることにあっただけに米朝関係の悪化は、本来ならば日朝関係にも悪影響を及ぼす恐れがあった。

 しかし、現実にはこの問題だけで北朝鮮が日朝合意を反故にすることはできない。約束を破ったのは米国であって、日本ではないからだ。テロ支援国指定解除問題は米国と北朝鮮の約束事で、日朝間の約束事項ではない。従って、北朝鮮が米国の約束不履行を口実に日朝合意をキャンセルというわけにはいかない。

 但し、北朝鮮にその気がなければ、日朝合意をサボタージュできる格好の口実はある。例えば、中山恭子拉致担当相の発言だ。

 周知のように瀋陽での日朝協議では、斎木昭隆外務省アジア太平洋州局長が北朝鮮に再調査開始と同時に日本が制裁の一部(人的往来とチャーター便の乗り入れの規制)解除を行なうことを約束し、合意している。ところが、所管の中山拉致問題担当相は8月24日に富山で「北朝鮮が調査を開始して、即(日本が)制裁解除するということにはならない。調査の中身がはっきりしない限り、通報を受け入れて制裁を解除することはあってはならない」と政府の方針とは異なる発言をした。従って、北朝鮮に日朝合意を履行する意思がなければ「中山発言」を口実に再調査をやらない、あるいは遅らせることも可能だ。

 そうした事態を憂慮したからこそ、外務省は北朝鮮に正確なメッセージを伝えるために藪中三十二外務次官が25日、再調査委員会が立ち上がれば、制裁の一部を解除する意向を表明したのに続き、高村正彦外相までもが29日の閣議後の記者会見で「調査委員会が設置され、再調査開始が確認されればわれわれも約束したことをやる」と強調したのではないだろうか。

 その結果、日本経済新聞(8月30日付)も報じていたように北朝鮮は調査委員会の体制や調査開始日を9月上旬にも日本側に伝えることになっていたが、その矢先に福田総理が退陣となれば、北朝鮮が再考し、次の総理が誕生するまで調査開始を遅らせることも十分に考えられる。

 「拉致問題は解決済み」との立場に固執していた北朝鮮が日本政府の求めに応じ、拉致被害者の再調査に同意したのは、福田総理が対話による解決を重視する姿勢を示したことも一つの理由だ。福田総理の肝いりで超党派による日朝国交正常化推進議員連盟ができたこともあって福田政権を相手に交渉し、国交正常化を実現しようとの判断が北朝鮮に働いたものと思われる。先の日朝協議で、過去の再調査内容を白紙に戻し、生存者を発見するための再調査を日本が要求したのを北朝鮮が拒否したにもかかわらず、それでも合意を見たのも福田総理の意向によるものだ。

 日朝合意の陣頭指揮を取った福田総理が退陣となると、次の総理が誰になるのかを見守り、次期政権が発足するまでは北朝鮮は再調査開始を躊躇うかもしれない。換言するならば、調査の終了時期については「可能な限り秋まで」と約束はしていても、開始時期については期日を約束をしていないことから次期総理の北朝鮮問題、拉致問題での考えが明らかになるまでは様子見を決め込むことも考えられる。

 次期総理は自民党の総裁選で選出されることになるが、新たな総理が誕生するまでに2週間以上かかるので、そうなれば北朝鮮の再調査開始は9月中旬以降に延びることになる。