「拉致問題に落しどころはない」
衆議院拉致問題特別委員会(2006年1月27日)


 進展が見られない拉致問題で日本政府はいつ、どのタイミングで経済制裁を発動するのか、できるのか。2006年1月27日に開かれた衆議院拉致問題特別委員会での質疑応答を掲載する。

 答弁者は麻生太郎外相、安倍晋三官房長官、小林武仁警察庁警備局長、佐々江賢一郎外務省アジア太平洋州局長。(肩書は当時)

                       
「もうすでに日朝貿易は急減」
                      
 △北橋健治議員(民主党)


 −−麻生外相は拉致問題には断固対応すると超党派の議連メンバ−として心強い発言をされていたが、断固として対応するとは何か?

 麻生外相:基本的に私どもの考え方は対話と圧力である。今は対話に乗ってきているので、その対話をみながら、さらに必要とあれば、いろいろなことを考えるのは当然のことだ。

 −−安倍官房長官は1月8日のテレビ討論会で辛光洙容疑者の引渡しに応じない場合、圧力を強めざるを得ないと積極的に発言されていた。その圧力というのは経済制裁の発動を意味するものと理解してよいか? 

 安倍官房長官:容疑者の引渡しについては当然、北朝鮮側に要求していく。この要求、真相の究明、そして拉致被害者、生存者のすべての帰国、全員の帰国、こうしたことを北朝鮮が誠意を持って対応しなければ我々は圧力を強めざるを得ない。当然のことだ。経済制裁については結果を出すようにするにはどうすればよいか、タイミング等々いろいろと考えなければならない。北朝鮮側に今のままではますます状況は悪くなっていくということをしっかりと認識させなくてはならない。

 −−あの12月の衝撃的な、捏造とも言われる死亡診断書と遺骨の問題が出てきてから事実上、1年間の空白を招いた。安倍さんはいろいろな機会に、厳しい対応の一環として経済制裁の発動をかなり積極的に発言されていた。日本の政府高官はいろいろなことを言うけど、やることをやらないと、足元を見られることになりかねない。相手国に誤ったメッセ−ジにならないよう経済制裁の発動に入ってもいいのでは?

 安倍官房長官:最終的な圧力としては、特定船舶の入港禁止に関する特別措置法や外国為替及び外国貿易法の一部を改正する法律による経済制裁であると考えている。現在は段階的な圧力が必要と考えている。違法行為の厳格な取り締まりを通じ、北朝鮮に対して国際社会の一員としての責任ある行動を促すことも、当然その中に入っている。

 −−送金にしても貿易の停止にしても具体的には大変難しいと思うが、米国がマカオでやっているような具体的な実効ある措置に踏み切れる、その準備だけは完了したと、そのメッセ−ジを相手国に伝える必要があると思うが、どうか?

 安倍官房長官:制裁を行うべきであると判断した際にはしっかりと実効ある制裁が行われるように事務的にはすべて基本的に整っていると承知している。

 −−関係諸国との間で場合によっては日本単独でもそういうオプションも含めて、経済制裁の行使に踏み切ることについて合意ができているのか?合意がなければ、経済制裁というカ−ドはあるものの、あまり効かないことになってしまう。

 麻生外相:北朝鮮との間の貿易もしくは金の流れをこの数年間みると、4年前輸出が166億円だったのが、今では62億円、約100億円以上も既に減っている。同じく、輸入も、287億円から134億円に減っている。合計で453億円が196億円と、かなりの額がもう減っている。また、金の流れをみると、送金もかつて3億円から今はO.2億円と、かなり減ってきている。これ以上ということになると、隣国や米国も含めて今の6者の中でいろいろやらなければならいない。

 −−私の選挙区でも36年前に22歳の女性(加藤久美子さん)がいなくなり、安明進氏が平壌で見かけたと言っている。藤田進さんと加瀬テルコさんらなぜ数名に限ってしか、安否情報の確認をしないのか?

 佐々江外務省局長:数名に限っていない。いわゆる1千番台のリストと呼ばれる方々、30数名の方々について先方に提示している。

 −−加藤久美子さんの場合は36年前の話で、その時に逆上って捜査をして、そして確たる証拠を集めるというのは至難だ。通常の捜査感覚でもって確固たる拉致の疑いを証明するとなれば、これは相当に難しすぎる。古川了子(政府に認定を求め訴訟中)さんについても家族会の情報を聞く限り、どう見ても拉致されたのではないか、疑いが濃厚だと思う。この辺の政府の対応は、国民感情からみて大分乖離がある。官房長官はどう考えているのか?

 安倍官房長官:2002年9月17日に訪朝した際にも我々は曽我ひとみさん親子について全く承知していなかったわけだが、これはまさに先方から出してきた。そういう意味においては、認定している人がすべてではないという認識はしっかりと持っている。これら捜査、調査の結果、北朝鮮当局による拉致行為の情報が確認される場合には、速やかに当該者を拉致被害者として認定することにする。政府としては、新たな拉致被害者の追加認定の問題も含め、事実の解明に向け全力で取り組んでいく。また、警察も、これはもう数年前とは比べ物にならない体制で、いわゆる特定失踪者についての、言わば実際に拉致被害者であるかどうかの捜査を精力的に進めてもらえるものと思っている。

                 
 「総連幹部の再入国は規制するつもりはない」


                      
 △松原仁議員(民主党)


 −−警察庁長官が今年の年頭に、今年は拉致問題を大いに前進させるといった発言をしたが、その真意について聞きたい。

 小林警備局長:去る1月6日、警察庁長官により、福井、新潟及び警視庁に対して共同捜査の指示がなされた。そして、去る1月12日に関係警察を招致し、捜査会議を開始するとともに共同捜査本部の設置による捜査体制の確立、情報の共有化等を指示したところである。

 −−報道によれば、拉致問題対策室が警察庁の中に設置されると聞いている。この組織の概要は?

 小林警備局長:拉致問題対策室(仮称)は、これまで判明した11件16人の北朝鮮による日本人拉致容疑者事案及びこれら以外の拉致の可能性を排除できない事案等の捜査において、各都道府県に対し専従的に指導を行うとともに、当庁が今年に設置するものである。具体的な体制等については現在も検討中だが、新組織の設置の効果を最大限に発揮できるようにその充実に向けて努力する所存である。

 −−松木薫さんの家族がよど号犯人の妻である二人を告訴している。警察としてどのような捜査をするのか?

 小林警備局長:告訴の有無に関わらず、黒田佐喜子と森順子については、帰国に関する情報もあるし、拉致への関与に関する情報も既に存在している。同人らが帰国した場合、同人らを含むよど号グル−プの関連する活動の全容解明に向け、最大限に努力するつもりだ。

 −−警察庁長官が今年は勝負の年だと言っている。安倍長官は今年1年、拉致問題をどのような年と位置づけているのか?

 安倍官房長官:拉致問題には落としどころはない。どこまで行けば、拉致問題はするの かということをよく言う人があるわけで、それはすべての問題を北朝鮮が解決して初めて解決されるわけだ。私たちは一人の日本人の命といえどもおろそかにしない。

 −−小泉総理が決断しなくてもできることがある。北朝鮮の最高人民会議代議員を勤める総連幹部6人が日朝間を自由往来している。やめさせるべきとの議論もある。安倍長官はどう考えているのか?

 安倍官房長官:昨年、議員会館で日本の人権侵害ということで私が名指しでこの最高会議の幹部から、代議員から非難を浴びたことがある。何で私がそんなことを言われなければならないのかと強く思った。在日朝鮮人等の特別永住者に対する再入国許可の付与に当たっては、その歴史的経緯及び我が国における定住性等に鑑みて、いわゆる入国特例法によりそれらの者が我が国における生活の安定に資するよう配慮したうえで行うこととされている。朝鮮総連の幹部であることを理由として一律に再入国許可を認めないこととすることは困難であると考えている。しかし、日本での活動ぶりがどうであるかということも考えなければならないわけである。問題意識については議員と私は認識を一つにしているのではないかと思っている。

 −−彼らの自由往来を認めることが、日本が北朝鮮に圧力を加えることに本気ではないとの誤ったメッセ−ジを送る可能性があると思っている。できればこの6人の総連幹部、最高人民会議代議員に関しては日本との往来をやめるということを是非政府部内で検討してもらいたい。

 安倍官房長官:そのような対応をするには新たな法律が必要である。現段階では政府としてはそのことは考えていない。しかし、そのことによって我が国にとって大きな問題が生じるようであれば、それは当然考えていかなければならない。また検討していく問題でもある。

             
 △笠井亮議員(共産党)


 −−6者会合についてはなかなか見通しが立たない状況にある。これまでも何度も約束を破ったり、国際的な無法を繰り返してきた相手だけに日本側としてはきちっとした対応を堅持することが重要だ。6者協議と日朝並行協議の最終ゴ−ルは同時決着という形になるのか?

 麻生外相:6者協議と日朝協議は車の両輪だ。双方をうまくかみ合うようにしなければならないのが一番難しいところだ。二つの協議が両方で足を引っ張るような形ではなく、逆に相互に補完し合う形にいかにもっていくかが一番の要だと思っている。

 −−北朝鮮の特殊機関の存在が暗い影を落としている。特殊機関の存在に左右されずに事の真相を追及する力を持った代表が交渉に当たるということを北朝鮮の方に求めていくべきではないか。

 安倍官房長官:北朝鮮は特殊機関が関与した事案であり調査委員会としての調査に限界があった等の弁明を繰り返し、納得のいく説明が得られなかった。つまり特殊機関に対してしっかりと調査を行うことのできる調査委員会をつくらなければ意味がない。政府としては北朝鮮側の言う再調査は十分なものとは全く考えていない。また、特殊機関の壁を理由にこのまま真相究明が進展しないということは、決して受け入れられるわけではない。

                   
「朝鮮総連の動向には重大な関心をもっている」


             
 △池坊保子議員(公明党)


 −−昨年10月、朝鮮総連傘下団体の幹部が違法医薬品を売ったとして二人が起訴された。事件に関与したとして在日朝鮮人科学技術者協会(通称:科協)の家宅捜査を行った時に、防衛庁が1994年頃に研究を進めてきた次世代中距離ミサイルに関するデ−タ−が記載された資料が発見された。警察庁に聞くが、工作活動における朝鮮総連及び傘下団体の役割についてどのように把握しているのか?

 小林警備局長:朝鮮総連については、北朝鮮工作員の密出入国や北朝鮮への安全保障関連不正輸出に朝鮮総連の構成員やその関係者が関与している幾つもの事例がある。昭和53年(1978年)には田中実さん、昭和55年(1980年)6月には原敕晃さんがそれぞれ拉致された事件においては総連関係者の関与も確認されている。安全保障関連物資不正輸出に関わった事例としては総連商工会の幹部がココム規制品を北朝鮮に輸出しようとした事件、これは平成元年にあった。また、北朝鮮に向けてミサイルの研究開発に使用される恐れのあるジェットミル及び関連機器が平成6年(1994年)6月3日に不正輸出された事案については科協が関与したことが平成15(2003年)に検挙した事案によって判明している。警察は、公共の安全と秩序を維持するという責務を果たす観点から科協を含む朝鮮総連の動向に重大な関心を払っており今後とも、具体的な刑罰法令に違反する行為があれば厳正に対処する。

            
 △薗浦健太郎議員(自民党)


 −−最近、「朴」なにがしという人物についていろいろと報道されている。警察の方で、人定を含めてどのぐらい(この人物について)把握しているのか?

 小林警備局長:昭和45年(1970年)夏頃に我が国に密入国後、約15年の長期にわたって小住健蔵さんら二名の日本人になりかわり、両人名義の日本旅券等を不正に取得の上、対韓工作のための工作員の獲得、育成及び韓国への送り込み等を行ってきたほか、数回にわたり海外渡航し、海外拠点との連絡、運営等の活動を行っていた北朝鮮工作員である。こうした朴の活動は、昭和60年(1985年)3月に警視庁が検挙したいわゆる西新井事件により明らかになった。帰国した拉致被害者、蓮池夫妻の拉致に朴が関与したという情報もある。警察は、当該情報も視野に置きつつ、現在、被疑者の特定に向け全力を挙げて所要の捜査を行っているところである。

             
 △大前繁雄議員(自民党)


 −−昭和34年(1959年)に日朝赤十字社による帰還協定で約9万3千人の在日韓国・朝鮮人等が北朝鮮に渡ったいわゆる帰国運動だ。日本国籍を有する人らも6、697人が、そのうち日本人妻1、831人がいた。日本人妻らは多くが高齢化しており、安否調査も行われず、事実上、棄民されているのが実態である。もっと関心を寄せるべきではないか?

 佐々江外務省局長:日本人妻と推定される者は1、800余名いる。このうちどれぐらいの方が存命されているのか確定的なことはわからない。日本政府は赤十字社と協力して平成9年(1997年)と10年(1998年)そして12年(2000年)の3回にわたって日本人配偶者の故郷訪問事業を行ってきている。この間、計43人の日本人妻が故郷訪問をされている。この問題については、人道的な観点から重要であると思っている。

 −−経済制裁が発動されないことについて国民一般、そしてまた、運動団体の間で不満が募っている。こういった不満、批判について、政府はどう考えているのか?

 安倍官房長官:我々が今、進めている対話と圧力の姿勢は間違っていない、こう考えている。もちろん、対話をしなければ交渉できない。物事が、解決をしないのは当たり前である。しかし、北朝鮮は普通の国とは少し違う、まあ大分違うかもしれない、ですから、当然、彼らが誠意ある対応を示さなければ圧力をかける、今よりも状況が悪くなるということをしっかりと認識させなければ、残念ながら誠意ある対応を引き出すことができない。そういう中で、私たちは結果を出すことを重視していきたい。対話も目的ではない。もちろん、圧力も目的ではない、経済制裁も目的ではなく、要は、拉致被害者すべての日本への帰国を何としても実現したいと考えている。そういう意味において経済制裁もテ−ブルの上に乗っているが、いつ、どういうタイミングでということについては、これはとにかく解決をするということを大前提に、それを目的に考えていきたい。◆