2011年7月11日(月)

日韓「鉄のシルクロード」

 李哲(イ・チョル)前KORAIL(韓国鉄道公社)元社長が来日した。

 韓国の鉄道公社も日本がJRに改名したようにその後、KORAIL(KOREAN RAIL)に名称を改めたが、日本のように分割されてないので、KORAIL社長と言えば、昔風に言うなら、言わば、国鉄総裁のようなものだ。

 南北の悲願であった南北縦断鉄道連結が2007年に京義線(南の?山―北の開城間=27.3km)と東海線(北の金剛山―南の猪津=25.5km)区間が56〜57年ぶりに開通したが、この時の責任者が李氏である。

 国会議員を3期務め、一時は大統領候補の一人として名前の挙がったことがある李李氏は盧武鉉前政権の2005年6月から李明博政権に交代するまでの2008年1月まで同ポストにあったが、この間、北京オリンピックでの南北統一応援団のためのソウルー平壌―北京間の統一列車の実現や、朝鮮半島縦断鉄道とシベリア横断鉄道の連結実現に向け、全精力を傾けた。

 在任中はロシア極東のウラジオストクでウラジミール・ヤクニン ロシア国営鉄道社長と金容三(キム・ヨンサム) 北朝鮮鉄道相との3か国鉄道相会談に臨む一方、北朝鮮にも何度か足を運んで、交渉にあたった。それもこれも、「朝鮮半島縦断鉄道とシベリア横断鉄道の連携運営がスタートすれば、韓国と北朝鮮、ロシア、中国、モンゴルに協調関係が結ばれ、ユーラシア地域共同体の誕生が可視化するだろう」と、鉄道を媒体とした北東アジアの政治・経済協力の拡大に夢を抱いていたからだ。

 釜山のある慶尚南道出身ということもあって李氏は九州と釜山間の海底トンネル構想には大いなる関心を払っていたが、李氏のカウンターパートナーだった北朝鮮の金容三鉄道相が解任され「処刑された」との最近のニュースには「驚いている。俄かには信じ難いが、実直で善良な人だっただけに心配でならない」と心を痛めていた。